第八話 すばしっこい泥棒
「何? これは?」
ホークは興味深そうに見ている。
「僕もよく分からない。ただこれを身に付けていると体が疲れにくくなるんだ。旅の行商人から父さんが手に入れたみたいだよ」
「大事そうな物だけど、貰ってもいいの?」
「いいよ。僕は五枚ほど持ってる。何枚も身に付けていても効果が上がるわけでもないみたいだからホークにあげようと思っていたんだ」
「有難う。大切にするよ」
そう言うとホークは護符を受け取った。
「カイト君。君にも一枚あげるよ」
「いいんですか?」
「敬語はいいよ。遠慮なく受けとってくれ。ホークを宜しくな」
「有難う。マスエルさん」
護符を受けとった二人はマスエルとしばらく談笑した。リゾレッタの友達のことや、学校のリジャ神父のこと、カイトに関してはオストガルドから来てリゾレッタで過ごした二年間がどうだったかなど、ざっくばらんだった。
そんな話しをするうちに、大分時間が経った。しかし、まだ外は明るかった。
「まだ暗くなるまで時間があるな……。少しシクロスの町を見物するかい? するなら案内しよう」
「したい。お願いします」
「じゃあ決まりだ。父さん達にことわってから出ようか」
マスエルがそう提案し、三人は部屋を出てラークとオウルが話している客間に向かった。
「父さん。ホーク達を町の見物に連れて行くよ」
難しい顔をしていた大人二人は、マスエルの呼びかけにハッとして気付いた。
「まだ外は明るいが、じき暗くなってくる。遅くならないようにな」
「分かってるよ父さん」
マスエルはそう言って、ホークとカイトを連れて外に出た。
「何が見たい?結構なんでもあるぞ、リゾレッタのような畑が広がっている田舎も良いけど、色んな店屋が並んでいるシクロスも楽しいと思うぞ」
「じゃあ、店の見物をさせてよ」
ホークとカイトはこの町に興味深々だった。ホークは何回か来たことがあるが、今よりかなり幼い頃に来たから記憶が曖昧なのだろうう、初めて町を見るような新鮮さを感じていた。
「そうするか。港の近くにこの商館と同じくらいの大きさの店があるんだ。そこにでも行ってみよう」
「楽しみだなあ」
カイトの胸は高鳴っていた。城に住んでいた頃の不自由さに比べたら、いろんな制約が無い今が天国のように感じるのだろう。
ホーク達はマスエルに連れられて、その店まで歩いた。往来は賑やかで人が多かった。歩いて行くと、港と他の店よりかなり大きな建物が見えてきた。
「あれがそうさ。父さんの商会とは違う経営者が持ってる建物なんだけどね。それでも、僕の顔は利くよ」
マスエルはそう言うとまず自分がその商館に入って行った。
「こんにちは。マスエルです」
「やあ。マスエル坊ちゃん。いらっしゃい。何か入り用ですか?」
「今日は買い物じゃないんだ。従兄弟とその友達に、ここの珍しい品物を見せてあげようと思ってね」
「そうでしたか。どうぞ御覧になって下さい」
その商館の番頭はそう言うと店内に入るように勧めた。マスエルが手招きしたので、ホーク達も中に入ることにした。
「どうだい? この店は港に近いから、新しくて珍しい品物がいっぱいあるだろう?」
「そうみたいだね。ちょっと中に入って見物していい?」
「番頭さん。いいかい?」
「どうぞどうぞ。ゆっくり御覧になって下さい」
ホークとカイトの二人はそれぞれ店の中で見たい物を見物し始めた。リゾレッタの店では見たこともないような品物ばかりで、二人はいくら見ても飽きなかった。
「酒も置いてある。父さんが好きなんだよな」
交易で仕入れた酒もかなりの種類が置いてあった。ホークはそれを見ていたが、もう一人、ホークと同じ位の年の男の子が、やはり酒のコーナーを見ていることに気付いた。見る限りやや挙動不審だった。
(この子も見物しているのかな?それにしては怪しいな)
ホークはそう思いながら、しばらくその子を見ていた。その男の子はホークに見られていることに気付いていない。
そしてその子は並べてあった、酒瓶の一つを盗って店先を走って出て行った。
「あっ! ドロボー!」
「ドロボーだって?」
番頭からは死角になっていて見えなかったらしい。ホークが叫んだのを聞いて気付いたようだ。
「ホーク! カイト君! 追ってみよう」
マスエルが二人にそう言うと二人はうなずき返し三人で酒瓶を盗った男の子を走って追いかけて行った。
男の子は滅法足が速かったが、何とか追うことが出来た。
「足の速い奴だなあ。ケルトみたいだ」
「結構町外れまで来ちゃったな」
男の子は比較的広いが、作りは良くないやや崩れかかった建物に入って行った。
「どうする? 入ってみようか?」
「様子を見れそうな窓も穴もないね。ちょっと怖いけど行ってみよう」
子供ながら決断力と勇気がある三人は、その妙な雰囲気がある建物の中に入って行った。
「何だお前ら? ここがどういう場所か分かって入って来たのか?」
中に入るといかつい、男達が三人もいた。三人それぞれ男の子が盗んで来た酒を飲んでいるようだった。
「その子が、知り合いの店の酒を盗んだのを見て追って来たんだ。いい大人が子供にそんなことさせるなよ!」
「ナマ言うじゃねえかガキが!」
男達の内、一人が言葉を荒げてホーク達に近づこうとしたが、リーダー格の男がそれをさえぎった。
「いや、その通りだよな。ガキのくせに度胸があるじゃねえか。しかし、今の俺たちには金が無い。酒一本も買えねえ。飲むにはザップが盗って来た酒を飲むしかねえんだ。惨めな話しだが……」
「?……であんた達は何なんだ? 何でこんな古ぼけたような建物にいるんだ?」
「俺たちは海賊だ。それでこの建物は俺たちのアジトの一つというわけさ」
リーダー格の海賊の一人がそう酒をあおりながら答えた。
「じゃあ、悪い奴らじゃないか! あんた達のせいで砂糖が全然入って来なくなってるんだぞ!」
マスエルはかなり怒っていた。直接交易を取り仕切っている家の息子だからそれも当たり前だろう。
「俺たちばかりのせいでもない。この近海にいて、大して金にならない船ばかりしか襲えなくなったのも理由があるんだ」
「……どういうことだ?」
リーダー格の海賊は話し始めた。
「この辺りで沖に出るための海の潮流が変わってしまっているのはお前らも知っているな?」
「知ってる。それが原因で南国と交易ができなくなったんだ」
「そうだ。交易ができなくなったばかりでなく、俺たちも外海に出ることができなくなった」
「外海に出ても船を襲ったり悪いことするんだろう?」
「何だとこのガキ!」
側らの海賊が怒るのをリーダー格の海賊がまた腕で制した。
「まあお前たちの言う通りだが、外海で俺たちが襲う船はオストガルドと敵対している国の船ばかりだ。だから国も黙認しているわけだ。あと、俺たちは漁もする。近海でも漁はできんこともないが、金になる魚はほとんど取れない。はっきり言えば赤字になる。だから、こうして盗んだ酒を飲んでいるわけだ。仕方なくな……」
「そうかといって、子供に酒を盗ませていいことにはならないぞ!」
「こいつは、昔捨て子でな、それを俺たちが拾って育ててやったんだ。俺たちの役に立つためなら盗みでもするさ。別に嫌がらずにな」
海賊の言葉にザップと呼ばれた子はうなずいた。
「うっ……。でもいいわけないだろう! 盗むのは!」
「もうこれ以上話しても無駄だ。俺たちのことも大体分かっただろう。おいお前ら! お引取り願え!」
「アイアイさー!」
側らの二人の海賊達は大人の腕力に物を言わせ、ホーク達の胸倉をつかんで外に押し出そうとした。
「何をする! 離せ!」
胸倉をつかまれたホークがもがいているうちに、身に付けていた護符がヒラリと落ちた。
その護符をリーダー格の海賊が見て、目を丸くした。
「おい! ちょっと待て! ガキ。お前この護符どうした? 何で持っている?」
「何でって……。そこのマスエルがくれたんだ。行商人が譲ってくれたらしい」
「そうか。お前らもちょっと見てみろ」
リーダー格の海賊がそう言うと他の海賊も寄って来て、護符をしげしげと見た。
「確かに……」
「間違いないな……」
リーダー格の海賊はホーク達の方を向き直った。
「おい、この護符を譲る気はないか? もちろん只とは言わねえ。条件付きだ。護符を譲ってくれるのなら、金輪際この近海の商船は襲わねえ。この条件でどうだ?」
ホーク達はやや迷った。どうやら、海賊達もこの護符を見て、ホーク達が特殊な子供達であることに気付いたようだ。
「あんた達は信用できないからその護符は譲れない」
マスエルは代表してそう言った。リーダー格の海賊はふう~っとため息をついたが言葉を続けた。
「それにしても肝の座ったガキ共だな。この護符があれば潮流が元に戻るようにできるかもしれねえんだ。それでも駄目か?」
「言葉じゃ信用できない。目で見ないと」
「じゃあお前らの目で見てみるか? こうしよう。明日、その護符を持ってまたこのアジトに来い。海賊船に乗せて、潮流が変わった原因を見せてやる。何でその護符が要るかも、その時説明してやる」
「どうする?」
「僕達だけじゃ危ないんじゃないか?」
ホーク達は小声で話し合った。その結果、一応の結論が出た。
「分かった。明日また来る」
「聞き分けのいいガキ達で助かったぜ。じゃあ明日、ここに来い。待ってるからな」
そう海賊に送り出されてホーク達はオウルの商館に帰って行った。ホーク達には考えがあった。