第六話 砂糖が足らない
レッサーデーモンのベルガによる襲撃事件から二年が経った。
その間リゾレッタでは特に変わったことも無く平和そのものだった。
ホークやカイト、そしてその同級生は九歳になっていた。皆すくすくと育っていた。
エルフの赤ん坊も発育は順調だった。ベルガ関連の事件後分かったことだが、ファナというスペルで書いてある名札をエルフの赤ん坊が身に付けているのを見つけた。その名札からファナと名づけられた。
そして、二年経ったある日のこと……
「やあっ! たあっ!」
子供二人が剣術の稽古用の棒を使って稽古をしている。明らかに片方の子供の棒捌きの方が上だった。
「やあっ! これでどうだっ!」
気合の入った声と共に上手な子供の方が、相手の子供の棒を弾き飛ばした。
「うーん。まいった!」
棒を弾き飛ばされた子供は降参した。稽古をしていたのはカイトとホークだった。
「何回やっても剣ではカイトに勝てないな」
「僕にはこれくらいしか取り得がないからね。剣術ぐらいではホークに勝たせてもらうよ。賢さでは全然勝てないけどね」
「自分では頭が良いとか賢いとか全然思わないんだけどな」
「自分じゃ思わなくても周りは皆思ってるよ。シージャも賢いよな」
剣術の稽古が一段落したホーク達は、それぞれの水筒で喉を潤した。
「あと、魔法も少し使えるようになってきているんだろう?僕にはそんな能力がないから憧れるよ。魔法が使えること自体珍しいのに、それが九つの頃から少しでも使えるのは凄いよ」
「いやー。まだ全然コントロールできないんだ。使ったら凄く疲れるしまだまだだよ」
「ほーく、まほうみしぇて、まほうみしぇて」
側らにいたよちよち歩きのファナは二人の剣術の稽古を見て目を輝かせていた。また、ホークの魔法を見たがってねだっている。
「今、疲れてるからできないよ。また今度見せてあげるよ。ごめんな」
ホークがそう言うとファナは素直にうなずいた。辺りはもう日が傾いて、夕方になっていた。
「稽古をずっとやってたらこんな時間になっちゃたな。家に帰ろう」
「うん! そうしようか」
「ふぁなもほーくのおうちにいくー」
よちよち歩いてファナはホークの手をにぎった。意外としっかり握られていた。
「ファナのお家は教会だろう?もう遅いから送って行くよ。僕の家に来るのはまた今度にしようね」
「いやー! ほーくとまだあしょぶのー!」
ファナは三歳の子供らしく駄々をこねた。ホークは困った顔をしていたが、カイトはそれを見て笑った。
「ファナはホークに懐いているよね。もてるなあホーク」
「からかわないでよ。ファナ、おんぶしてやるから教会に戻ろう? また一緒に遊ぶからさ?」
ホークがそうあやすとファナはコクリとうなずき、握り締めていたホークの手を離し、背中におぶさった。
「よしよし、いい子だね。じゃあ教会まで送るからね」
こういった光景を見てカイトは終始笑みを浮かべている。リゾレッタでの暮らしは、カイトにとって幸せそのものだった。
「おかえり、二人とも。少し遅くなったわね。学校は今お休みだけど、あんまり遅くまで外で遊んでたら駄目よ」
ホークの家に帰ってくると、母のメイシャに少し咎められた。心配だったのだろう。
「剣術の稽古に夢中になってたら、いつの間にか時間が経ってたんだ。今度はもうちょっと早く帰るよ」
「今度は遅くならないでね。ご飯出来てるわよ」
食卓にはチキンの照り焼きをメインディッシュにキャロットスープなど色々なご馳走が並べてあった。農作業や家畜の世話などを済ませた、父のラークはすでに食卓に着いている。ホークとカイトが帰ってくるのを待っていたようだ。
「帰ってきたか。ホーク、今日はカイト君から一本でも取れたか?」
ラークは昔、オストガルドでキルスの直属士官として配属されていたことがあるため、カイトを王子と最初の内は呼んでいたが、カイトがそう呼ばれるのを嫌うため、最近では君づけで呼んでいる。
「十本に一本まぐれで取れるくらいだよ。カイトは本当に強い」
ホークはそう答えながら、食卓についた。ラークもそれに習った。
「俺は魔剣の使い手としてオストガルドに居た頃は一目置かれていたことがあったが、ホークは剣術の面では俺に似なかったようだな」
「でも稽古を続けているからホークも剣術が上手くなってきたよ。すじは悪くないと思うよ」
カイトがフォローしてくれたので、ホークは、
「カイトにそう言ってもらえると嬉しいよ」
と素直に喜んだ。
「剣術の稽古もいいけれど、怪我しないでね。レンちゃんの所で買ったパンも持ってきたわ。食事にしましょう」
メイシャは食卓に人数分のパンを置いた。
「じゃあ頂きます」
ホーク達は食事を取り始めた、普通の食事風景だったが、料理やパンにもう一つ何か足らない物があった。
「砂糖が手に入りにくくなってるからパンも辛いね。おかずも一味足らない感じがする」
ホークは黙々と食べていたが、そう感想を漏らした。
「そうなのよ。お砂糖の値段がすごく高くなって少ししか買えないのよ。いつもシクロスからここまで運んで来るんだけど……」
メイシャは気付いたことがあったらしく、夫のホークにこう話した。
「あなた。シクロスにはあなたのお兄さんのオウルさんがいたわよね?」
「ああ。そこでかなりでかい商会を取り仕切っている」
「今、家の仕事も一段落しているからシクロスの様子を見に行ったらどうかしら?」
メイシャの問いかけに、暫くラークは考えていたが、
「調べに行って来るか。いつまでもこのままじゃうちだけじゃなく皆困るからな」
とシクロスに様子を見に行くことにした。
「僕達も連れて行ってもらえますか? シクロスという町を見てみたいです」
カイトはそう頼んだ。リゾレッタ以外にも他の町に行ってみたいようだった。
「そうだなあ。まあシクロスに行くだけなら危ないこともないだろう。連れて行こう」
ラークがそう言うとカイトは飛び跳ねんばかりに喜んだ。
「ホークもついて来るんだぞ。久しぶりに従兄弟のマスエルと会って遊んでもらいなさい」
「マスエルか……。久しぶりだなあ」
ホークは今より幼い頃に会った従兄弟のマスエルの顔を思い浮かべながら、砂糖が少ない塩辛いパンを取って食べた。