第五話 頼もしき戦士達そして老剣士との別れ
「匂うなあ。二階から。間違いなくエルフの匂いだ。もう一度言う。かくまっているエルフを連れてこい。そうすれば命までは取らんぞ?」
「エルフなんかいないって言ってるでしょ!」
「隠しても分かるんだよ。大人しく渡せ」
「渡さないし、通させないわよ!」
「なら力ずくで通るまでだな」
ベルガは隆々とした太い腕でレンを払いのけた。
「キャーッ! グッ……」
レンは払い飛ばされ床に落ちた。
「レン! くそおおおっ!」
それを見て怒りに燃えたホークは自分の中に今まで感じたことのない魔力の高ぶりを感じた。しかし、その時は無我夢中だったためその力は何なのか分からなかった。
「うおおおおっ!」
ホークは一気にベルガに近づき、ベルガのわき腹に手を当てた。
「がああああっ!」
ホークの怒りの声と同時にホークの手の平が赤く光り、ドォンという爆発が起こった。ベルガの巨体は爆発でいとも簡単に吹き飛び壁に叩きつけられた。
「グハァ……。何だ今のは……。エクスプロージョン? 結界といい今のといい、只のガキどもではないな。流石に効いたぞ」
ベルガはかなりのダメージを負ったが致命傷には至らなかった。ただわき腹にさっきの爆発による大きな傷ができた。
ベルガに攻撃を加えたホークは自分の力以上の魔力を使ったため脱力しその場に崩れ落ちた。
「ガキと思って油断したわ! 皆殺しにしてくれる!」
ホーク達にはもう抗う術がない。皆もう駄目だと思った。
その時。
「留守をしている間に派手にやってくれたの。そこのレッサーデーモン」
リジャ神父が教会に帰って来た。老剣士キルスとホークの父親のラークもいる。
「大人が戻って来たか……。しかもかなり腕が立つな。分が悪い……」
「わしは職業柄、殺生は嫌いでな。何もかも諦めて大人しく引くならこのまま返してやるぞい」
「ここに取り逃がした王族のエルフがいるのは分かっているんだ! いまさら引き返せるか!」
「やはりエルフの赤ん坊が狙いか……。それなら、腕の一本でも貰ってから帰ってもらおうか」
リジャ神父は集中し始めた。強い魔力が体から発せられている。
「セントライトフィールド・レベル4!」
リジャ神父がそう言葉を発すると、シージャの作った結界の光とは明らかに違う神々しい光がリジャ神父から半球状に広がっていき、一瞬で教会全体を覆った。
「グワアアアッ! 力が!」
「シージャ。よく守ってくれた。お前も限界じゃろう。結界を解きなさい。後はわしらでどうにでもしよう」
「はい」
シージャは自身が作った結界を解いた。解くと同時にガクッと膝をついた。魔力の限界だったのだろう。
「ではお二人さん頼みますぞ」
「分かりました。おい! 覚悟はできているか!」
もう結界内に魔物はベルガしかいない。ベルガの配下のミニデーモン達はリジャ神父の結界で弾き飛ばされどこかにいったようだ。キルスとラークは剣を抜いた。キルスの剣は大剣で、ラークの剣は少し変わった形をしていた。
「クッ! 小賢しい! こうなれば……」
ベルガは息を溜め、溜めた息を勢いよく吐き出した。その息は火炎となって、リジャ神父の方へ向かって行った。
その火炎に対抗するように、ラークが剣をかざして前に出た。すると、火炎は剣の刃に弾かれ、教室の壁にぶち当たった。教会の壁は石作りで、焦げ目がつく程度ですんだ。
「俺は魔剣の使い手だ!お前程度のブレスなど幾らでも弾いてやる!」
「なんだと……」
自身の切り札も通じなかったベルガは流石にたじろいだ。
「じゃあお主の腕を一本貰うぞ」
キルスはそう言うと、スタスタと間合いを詰めた。大剣の間合いに入るとその剣を軽々と振り、傷を負っているベルガの右腕の肘から下をスパンと切った。
「ぐああああっ!」
「お前さんじゃ、わしらには勝てんよ。大人しく退くというのなら逃がしてやる。とっとと帰れ!」
「くそっ! 歯がたたん。今度会う時は十分な用意をしてくるからな。覚えてろ」
ベルガはその場から逃げるため、最後の魔力を使った。
「ラピッド・レベル1!」
速さを増す魔法を使ったので何とか逃げることができた。逃げ出したベルガは西の森へ一目散に向かった。
「ホーク! 無事か!」
父親のラークはホークが無事かどうかが非常に気になっており、ベルガを追い払ったあとすぐにホークの所へ駆け寄り抱きかかえた。
「う~ん……」
気を失っていたホークは気がついたようだった。
「気がついたか! 俺が分かるか? 父さんだぞ?」
「父さん……。レンは……」
ホークは自分のことよりもレンを気遣っていた。ベルガに払い飛ばされたレンの所にはリジャ神父が行っており、回復魔法のリフォームをかけていた。
「レンも皆も無事だ。よく頑張ったな!」
「僕……、レンがでかい奴にやられてわけが分からなくなって……。手の平が赤く光って……」
「うん。俺には分かるぞ。ホーク、お前はエクスプロージョンという魔法を使ったんだ」
「魔法?僕、魔法が使えるの?シージャのように訓練を全然していないのに?」
「俺も驚いている……。あのレッサーデーモンにあれだけの深手を負わせる魔法をこの年で使える子は何処を探してもいないぞ」
ラークは息子のホークの手をつかみ、
「よくやった!」
と誉めた。
「カイト様もよく頑張りましたな。日頃の鍛錬が生きたようで爺は嬉しい限りです。勇敢になられて……」
キルスもカイトを抱きしめながら誉めた。やや涙ぐんでいた。
「キルスが鍛えてくれたおかげだよ。それより二階の皆とエルフの赤ちゃんは?」
「皆無事だぞう。赤ちゃんはケルトがあやしてるぞう。皆!もう下りてきても大丈夫だぞう」
ゾルカスが呼びかけると、エルフの赤ん坊を抱いたケルトを先頭にゆっくりと下りてきた。
「恐かったよ~ホーク」
「僕も恐かったよ。魔物に立ち向かったことなんかないもん」
「それにしてもこの子は凄いね、あれだけの騒ぎがあったのに全然泣かずにケロッとしてる」
「本当ね……。エルフの赤ちゃんっていつも大人しいのかしら……」
リジャ神父に抱きかかえられたレンが来てそう言った。まだ若干声に力がない。
「レン!良かった……。大丈夫そうだね?」
「かなり痛かったけど大丈夫よ。守ってくれて有難うホーク」
激しい戦いが終わり生徒はお互いの無事を喜びあった。
エルフの赤ん坊だけが何事も無かったように、すやすやと眠っていた。
教会での騒動から数日経った。キルスが本国のオストガルドに帰る日が来た。
「ではカイト王子、爺は一旦本国に戻ります。くれぐれも御気をつけて。ラークやメイシャ殿の言う事をよく聞くのですぞ」
「分かったよ。爺」
「それを聞いて安心しました。ラーク、メイシャ殿、王子を頼みます」
「はい。謹んで私達がお預かりします」
「有難うございます。……そしてホーク君」
「はい」
「ずっと王子の良い友達でいて下され」
「もちろん!ずっと友達です!」
「約束ですぞ。最後に……」
キルスはカイトの方を向き直した。
「リゾレッタで学を修め、立派になった暁には必ず私がお迎えに上がります」
キルスの言葉にカイトは表情を曇らせた。
「それはいいよ。僕はずっとここに居たいから」
キルスはその返答にさもあろうと思ったが、自分が言ったことに念を押した。
「兄上達と不仲でオストガルドでは自由がないためそうおっしゃるのでしょう。お気持ちは痛いほど分かります。しかし、国王は王子の成長にことのほか期待されています。それを裏切って欲しくないのです」
「父上は確かに僕に優しくしてくれる。でも……」
カイトはうつむいて黙った。思い出したくないことが思い出されたのだろう。
「時が経てば兄上達とも分かり合える日が来ます。私も王子の成長を楽しみにしております。立派に王の片腕となって働けるようになって下され。その日が来たら爺が必ずお迎えに上がります」
「分かった。爺がそこまで言うなら約束する!」
「それを聞いて安心しました。約束ですぞ」
そう言うとキルスはホーク達家族に向き直した。
「それではラーク、メイシャ殿、ホーク君、また会いましょう。失礼!」
キルスはオストガルドへ帰って行った。
カイトは遠くなっていくキルスの姿を見ながら、その幼さからは考えられない決意に満ちた表情をしていた。