第三話 歓迎できぬ来訪者
「あなた」
「どうした」
キルスとラークが夜長に談笑していた時、妻のメイシャが入って来た。
「リジャ神父のお使いが来ていますよ。すぐに来て欲しいそうよ。キルス様もね」
ラークは怪訝な顔をした。
「何だろうこんな夜更けに。何かあったんだろう、とにかく行ってみるか」
「確かに気になるな。行ってみよう」
大人二人は教会に向かった。ホークとカイトの二人はぐっすり眠っている。
暫くして。
ラークとキルスが帰って来たのは夜が白みかけて来た頃だった。帰って来た時、二人とも深刻な顔をしていたが、夜が明けきるまでベッドで横になっていた。
朝になり、ホークとカイトが起きて来た。起きて食卓に着くとラークとキルスがいないことに気付いたようだった。
「お父さんとキルスさんは?」
母のメイシャは二人の朝食を持ってきて
「朝早くから領主様の所に行くと言って出て行ったわよ。そうそう。リジャ先生も同じ所に行ってるらしいわよ。だから今日の学校は自習だって」
「そうなの。カイトは今日初めてリジャ先生に教えてもらえると思って楽しみにしてたんだけどな。ねえ?」
ホークもカイトの気持ちを考えているからだろう。残念そうな表情だった。
「残念だけど、学校に行けば皆来てるだろうから、ご飯を食べたら行ってみよう?」
カイトに向かってホークが言った。言いながら軽く肩を叩いた。
「そうだね。皆と会えるだけでいいか。行ってみよう」
カイトはそう言って、朝食に手をつけ始めた。やはりカイトにとってもリゾレッタのミルクは美味いようだった。
朝食を取り、ホークとカイトはリゾレッタ教会にやってきた。来てみると、皆あるものを中心に円状になって何かを見ているのに気付いた。
「皆、なにをやってるの?」
「あっホーク!来たのね!」
レンがホークを見つけて呼び止めた。
「赤ちゃん、赤ちゃん、エルフの赤ちゃんよ」
「エルフだって? 本当にここにいるの。僕は絵本でしかエルフを見たことがないよ」
いぶかしげにホークは言ったがそれを聞いたレンは、
「とにかく見てみてよ。可愛い女の赤ちゃんよ」
と言って、ホーク達を円の中に押し込んだ。
円の中心にはシージャがいた。赤ん坊を抱えている。ホークは抱かれている赤ん坊の顔をまじまじと見た。エルフ特有の色の白さと耳の長さがあることが一目で分かった。
「何でこんな所にエルフの赤ん坊がいるんだ?」
昨日の夜はぐっすり眠っていたためホークもカイトもピンと来ない。
「シージャ! お前分かるか!」
「いや分からない。ただ昨日の夜にはこの子は教会に来てたよ」
よしよしと言いながら、会話の途中でも赤ん坊をシージャはあやしていた。
「それにしても大人しいね、ずっとこの調子で泣いたりしないの?」
ホークは不思議がっていた。こんなに大人しい赤ん坊を見たことがないからだ。
「泣かないね。僕が抱っこしてもレンが抱っこしても全然泣かないんだ」
シージャはそう言った後、はっとした。自習時間を取り仕切るのを忘れていたからだ。
「ごめん皆、席に戻って、今日の自習は今まで習ったワードの復習だよ。終わったら外で遊びなさいとお爺さんが言ってたよ」
「じゃあさっさと終わらせてあーそぼうと」
ホークは早速自習課題に取り組んだ。かなりのスピードで復習している。
「俺、遊ぶ時間あるかなあ?」
そんな風に自信が無いように言ったのは勉強が苦手なケルトだった。
ちょうどその頃。
エルフィンを通過し、リゾレッタの西の森林を進んで来る一団、と言うよりは一行と呼んだ方が良いだろう。その一行がリゾレッタに近づいて来た。
「ベルガ様。リゾレッタに着いたらまず一暴れしますか? へへっ」
「暴れてもいいが、わしらの任務はエルフの王女の拉致だそれを忘れるな」
ベルガと呼ばれた魔物は筋骨隆々のレッサーデーモンだった。その取り巻きはミニデーモン。こちらは二匹程いた。
「分かりやした。しかしどこに居やがりますかね? あのドワーフの野郎には深手を負わせてやりやしたから、逃げられたとしてもリゾレッタが精々でやしょうが……」
「まあ村に入ればエルフの匂いで分かるだろう。人間の中に一人だけエルフがいるというのは目立つものだ」
レッサーデーモンの一行は足を速め、もうすぐ森を抜けそうだった。
再びリゾレッタ教会。
ワードの復習をさっさと済ませたホークは教会の外庭で元気よく遊んでいた。しかし、一人だけ早く課題を終わらせたので草笛を吹くなどの一人遊びをしていた。
「おーい。早く終わらせて一緒に遊ぼうよ」
一人遊びに飽きてきたホークは教会の中にいる友人達を窓からせかした。
「シージャ。お前も復習はとっくに終わってるだろう? 遊ばないのか?」
退屈になってきたホークがシージャにそう問うとシージャはうなずき。
「リジャお爺さんに(わしの代わりに教室をまとめておくように)と言われてるから、今遊べないんだ」
と答えた。
「しょうがないな。誰か早く復習終わらせないかな」
ホークがそうつぶやいた時、丁度課題を済ませた子供が出てきた。
「私、遊べるようになったわよ。おままごとでもしましょうよ」
出てきたのはレンだった。
「ままごとかあ……。まあまだ皆出て来れそうにないし、たまには付き合ってやるか」
「じゃあホークがお父さんで、私がその奥さんね」
教会の外庭には遊び道具がかためて置いてある所がある。レンはそこに行ってままごと用の皿を持ってきた。皿にスープをつぐ真似をして、ホークにその皿を差し出した。
「お父さんの大好きなコーンポタージュですよ。どうぞ」
「ありがとう。おいしそうだね。頂きます」
ホークはレンのままごとに努めて合わそうとした。飲み干す真似までしている。真似が終わった時にレンがまた訊いてきた。
「おいしかった? コーンポタージュは三歳のころからのあなたの大好物でしたからね。おかわりはたくさんありますよ」
そう言ってホークが置いた皿を再び取り、またスープをつぐ真似をして、
「はいどうぞ」
とまたホークに差し出した。断るわけにもいかずホークはまた皿を受け取り飲む真似をした。
(早く皆出てこないかなあ)
内心そう思いながらなんとなく辺りを見回すと、遠くから不審な何者かが近づいてくるのが見えた。
「なんだろうあれ?」
「どうしたのホーク?」
レンの問いかけにホークは何者かがやってくる方を指差した。徐々にそれは近づいて来て分かるようになってきた。明らかに人間とは違っていた。
「あれは魔物だ!」
そう叫んでホークはレンの方を向き直した。
「何でか分からないけどこっちに来ている。レン! 教室に戻って皆に知らせるぞ!」
「うん! 分かった!」
二人はその場から大急ぎで教室に向かった。魔物の影はひたひたと近づいてくる。