第9話 魔王城の食卓
コン、コン、コン。
部屋に戻ってのんびりしていると、誰かが扉を叩く音が聞こえてきた。
「シェリナ様、お食事をお持ちいたしました」
ご飯ですって?
そう言えばそろそろ夕ご飯の時間だ。
今日はいろんな事がありすぎてすっかり忘れていたけど、私のお腹の虫もようやくその事実に気付いたようでぐうぐうと音を鳴らして催促をする。
「どうぞ入って下さい」
「失礼します」
メイド服を身に付けた女性悪魔が蓋が被せられた料理を持って部屋に入ってきた。
どうやらメイドさんの格好は人間も魔族もさほど変わらないらしい。
部屋中に美味しそうな肉の香りが充満する。
「どんな料理なんですか?」
「魔界牛のステーキとデビルポテト、ブラッドキャロットのサラダです」
人間界では聞きなれない食材ばかりだ。
よく分からないけど、香りで判断する限りでは私でも食べられそうな物らしい。
そもそも人間も魔族も食べる物にはそんなに違いはないと聞いた事がある。
私がテーブルの前の椅子に腰掛けると、メイド悪魔はテーブルの上に置かれた料理の蓋を開ける。
さあ魔界の料理とご対面だ。
お皿の上には美味しそうなお肉とヘルシーな野菜が……。
「……え? なにこれ?」
私はその料理を見て絶句した。
お肉と野菜を包み込むようにどろどろとした謎の物体が乗せられている。
このどろどろ、どこかで見た事がある。
それもついさっきの話だ。
「ねえ、このどろどろ何?」
「はい、これはヘドロンスライムと申しまして、殺菌効果があるんですよ」
メイド悪魔は平然とそう答える。
やっぱりそうだ。
さっき使い魔が壁に塗りたくっていた謎の液体だ。
食べられるの、これ?
いや、もし食べられたとしても絶対に食べたくないけど。
詳しく話を聞いてみるとどうやら魔界ではそこら中に漂っている瘴気の影響か、人体に毒となる細菌が多く繁殖しているらしい。
それを解決してくれるのがこのヘドロンスライムだ。
食べても人体に影響はないらしいが、さすがにこんなものを胃の中に入れるのは二の足を踏む。
それに私なら聖女の力で細菌なんて簡単に浄化できる。
こんなべとべとした気持ち悪い液体なんか私には必要ない。
「ああもう面倒臭い! オプティムさん、私を厨房に案内して!」
「シェリナ様、どうされるのですか?」
「私が料理をします。この食事は私には食べられません」
しかし折角作ってくれた料理を捨てるのは勿体ない。
このヘドロンスライムに包まれた料理はメイドさん達に食べて貰う事にして私は厨房へと足を運んだ。
厨房では立派な髭を蓄えたひとりの壮年の魔族が部下達に指示を出しながらまるで戦場のように忙しく料理を作っていた。
これだけ大きい城だ。
中で働いている魔族も多い。
何人分の料理を作っているのか見当もつかない。
「シェリナ様、彼が料理長のニスロクです」
オプティムにそう紹介された料理長のニスロクは手を止めて私に歩み寄る。
「これはこれはシェリナ様、わざわざこんな所までどんなご用件で?」
「どうもこうもありません。さっき出された料理は私には食べられません」
私の言葉に料理長は慌てふためいてかしこまる。
「申し訳ございません、シェリナ様のお口に合いませんでしたか。すぐに別の料理を作り直します」
「いえ、そもそも口に付けていませんので味は分かりません。私が食べられないのは料理を包んでいるヘドロンスライムです」
「しかしシェリナ様、魔界の食材は毒性の細菌に汚染されています。我々魔族は耐性がありますので大丈夫ですが、人間であるシェリナ様はひとたまりもないでしょう」
「ニスロクさん、私はこれでも聖女ですよ。毒物なんて浄化の力で無効化できます」
私は有無を言わさずキッチンに立つと、私が食べられそうな食材を選んで包丁で切り刻み、フライパンで焼いて炒める。
聖女となってからはご無沙汰だったけど、教会でシスターをしていた頃は当番制でみんなの料理を作っていたものだ。
料理については人並み以上の腕はあるつもりだ。
私はお肉やサラダを皿に乗せた後、浄化の力で除菌する。
「よし、完成!」
人間界の料理と変わらない見た目の物が出来上がった。
魔界の食材ってどんな味がするんだろう。
私は期待に胸を膨らませながら完成した料理を口に運ぶ。
「……美味しい!」
頬が落ちるような味とはまさにこの事だ。
美味しそうに料理を口に運ぶ私をニスロクさん達がそわそわしながら眺めている。
「……ニスロクさん達も食べてみます?」
「よろしいのですか?」
「ええ、食事というものは皆で食べるから美味しいんです」
私は料理を取り皿に分けて厨房内の魔族達にもお裾分けする。
魔族達はそれを口に運び、もぐもぐと口を動かす。
どうかな、私の料理は魔物さん達のお口に合うのかな?
魔族達は無言で口を動かし続ける。
「あの……どうですか? お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とんでもない、とても美味しいです。」
「なによりもこの肉だ。噛んだ途端に肉汁がじゅわーっと溢れ出し、口の中に広がる」
「そしてこのとろけるチーズの風味がたまらない」
「まったりとしてそれでいてあっさりしてる。いくらでも口の中に吸い込まれていく」
何故か食レポが始まった。
よかった、皆さんの口にあった様だ。
折角だからお城の皆さんにも食べて貰おう。
私は再びキッチンに立つと、ニスロクさんに調理法を教えながら大量生産をする。
アザトースさんはまだ帰ってきていないみたいだけど、どうせだからあの人にも私の料理を食べて貰おう。
料理が冷めちゃうかもしれないけど、温めればすぐ食べられる状態にしておけばいい。
しかし結局その日の内にアザトースさんは戻ってこなかった。
夜も更けてきた頃、私はお風呂で一日の汚れを落とした後にふかふかのベッドで横になり眠りについた。