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第7話 魔族の感性


 アザトースさんが用意してくれた私の部屋はまるで貴族のそれのように豪華な造りだ。

 私の部屋からドア一枚を隔てて私専用のお風呂や洗面所、お手洗いに繋がっている。


 人間ひとりが生活していく為に必要な機能は全部揃っているようだ。



 聖女である私は王宮の一室を与えられて暮らしていたが、それは豪華さとは正反対の質素な部屋だった。


 聖女が贅沢な暮らしをするのは清廉な聖女のイメージ低下の恐れがあるからだという。

 元々教会で暮らしていた私にはそれでも全く不満はなかったのだが、もしキーラが聖女になったのならそれを我慢できたかどうかは疑問だ。


 私は質素な部屋に不満はなかったとはいえ、豪華な部屋が嫌いという事はないのでしばらくはこの部屋で寛がせてもらう事にした。


 私はふかふかのソファーに腰を掛けて一息つく。



 それにしてもまさかあの青年が魔王だったとは驚きだ。


 でも考えてみれば確かに私が作り出した破邪の結界の中であれだけ耐えられるのは魔王クラスじゃないと無理な話だ。


 魔王自らが身の危険を顧みずにあそこまでする理由はよく分からないけど。


 アザトースさんは先代魔王クトゥグアとの戦いに向かったとオプティムさんは言っていた。

 いつ戻ってくるか皆目見当がつかない。


 私は何か暇潰しでもしようとこの部屋の中を見回す。


 王宮の私の部屋にはカードゲームや恋愛小説などの娯楽品や甘いお菓子が沢山置いてあったけど、ここには何もない。



 暇だ。



 捕虜の身である以上贅沢は言ってられないが限度はある。


 おしゃべりをして時間を潰そうにもここにいるのは人食い熊のような姿をしたオプティムさんという魔物だけだ。




 ……この際もう熊でもいいか。


 私がここに連れてこられた理由とか聞きたい事は山ほどある。


「ねえ、オプティムさん」


「はい、何でしょうシェリナ様」


「いくつか質問をしてもいいですか?」


「私で答えられる範囲でしたら」


「まず一番気になったのが、私がここに連れてこられた理由です。アザトースさんは私に何をするつもりなんですか?」


「それは……」


 オプティムさんは口の前に拳を置き、少し思考を巡らせている。

 こうした仕草をみると見た目は人食い熊でも人間を相手にしているようだ。


「私の口からは勝手に申し上げられません。アザトース様から直接お伺い下さい」


「えー、そんな事言わないで教えてよ」


「申し訳ありません。シェリナ様の頼みでもお答えできません」


 この熊、意外と口が固そうだ。


 人に言えない理由があるという事は何か良からぬ事を考えている?

 だとしたら何としてでもそれを突き止めなければ。


 いざとなったら破邪の力を解き放つ事も視野に入れておこう。


「それでは質問を変えます。オプティムさんにとって私は何ですか?」


「はい、我が主アザトース様の大切なお客人です」


 嘘をついているようには見えない。

 やはりアザトースさんは私に危害を加えるつもりは全くないらしい。


 それにしても私に敵意はないとはいえ近くに人食い熊のような魔物が突っ立っているのを見ると気が休まらない。

 私は彼に席を外してもらうように言うと、オプティムさんはオロオロとしながら問いかける。


「シェリナ様。私の対応に何か落ち度がありましたでしょうか。勿論就寝時などには退出をさせていただきますが、アザトース様より日中は常にシェリナ様のお傍にいるよう仰せつかっております」


 それはつまり私の監視役という訳か。

 力ずくで追い出してもいいけど、まだここにきたばかりでいきなり揉め事を起こすのもどうかと思った。


 それに今私が気になっているのはオプティムさんの見た目だけだ。

 それさえ解決できればここにいて貰っても構わない。


 そういえば上位の魔物の中には人化の術と呼ばれる、人間の様な姿に擬態できる魔法を使う者もいると聞いている。

 私の見立てではこのオプティムさんという魔物はアザトースさん程ではないとはいえかなりの魔力を持つ魔物だ。

 試しにそれが出来るかを聞いてみるのも悪くないだろう。


「ねえオプティムさん、あなたは人化の術は使えますか?」


「はい、できます」


 やった、予想通りだ。


「私、熊さんと話すのは慣れていなくて。人間の姿ならもっとお話ししやすいと思うんですけど」


「え? そうなんですか?」


 オプティムさんは意外そうに目を丸くしている。

 どうしてそんな反応をするのか私にはとても理解できない。

 やはりこれが人間と魔族の感性の違いなんだろうか。


「分かりましたそういう事なら……えいっ」


 オプティムさんの身体が白く輝いたかと思うと次の瞬間人間の青年の姿に変わっていた。

 金色の髪に切れ長の目、真っすぐに通った鼻筋、傍から見てもかなりのイケメンである。

 思わず見惚れてしまいそうだ。


「シェリナ様、これでどうでしょうか」


「うん、さっきよりも全然いいよ。今度から私の前ではずっとこの姿でいてくれる?」


「はい、シェリナ様がお望みとあらば……しかし本当にこの姿で宜しいのですか?」


 おしゃべりをするなら相手が人間の姿をしている方がいいに決まっている。

 彼がさっきから何故そんな事を言っているのか理解できなかった私は意を決してその理由を聞いてみると、予想だにしない答えが返ってきた。


「シェリナ様は熊がお好きだとアザトース様が仰られましたので、熊型の私がシェリナ様の世話役を仰せつかったのです」


「……はい?」


 確かに私は子供の頃はクマさんが好きだった記憶がある。

 お気に入りの買い物籠にはクマさんのワッペンを付けていた。


 でもいくらなんでも人食い熊はない。

 あれを好きになる女の子なんて見た事がない。

 勘違いにも程があるでしょう。


 いや待てよ、そもそもどうしてアザトースさんは私がクマさんを好きだった事を知っていたんだろうか。


「あの、ひょっとして私ってどこかでアザトースさんとお会いした事がありましたか?」


「それは……私の口からは申し上げられません」


「むー……ケチ」


 オプティムさんは頑なに口を閉ざす。


 しかしオプティムさんのこの反応から推測するに、私はアザトースさんと面識があるようだ。

 いや、アザトースさんが一方的に私の事を知っているだけの可能性もあるから断言はできないか。

 本人が帰ってきたら聞いてみるとしようかな。


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