第51話 落ちるところまで落ちた人
「聖女シェリナだな。大人しく我々についてきてもらおう」
隊長らしき髭面の壮年男性が有無を言わさぬ口調で私の手を引っ張り教会の外へ連れ出す。
教会の中にはまだ神父様やシスター達が残っている。
ここで事を構えて巻き込む訳にはいかない。
私は神父様達に「大丈夫だから」と目で合図をし、兵士達に素直に従う。
兵士達は私を森の奥深くへと歩かせる。
「私をどこへ連れていくのですか?」
「黙って歩け」
「……」
おかしい。
私が聖女としての義務を放棄していた罪を裁かれるのならば森の中ではなく護送馬車にでも乗せられて王都へ連れていかれるはずだ。
この兵士達が王国の名を騙る偽物という可能性も考えたが、彼らの身に付けている鎧には王家の紋章が描かれている。
どうみても本物だ。
私は彼らの動きを警戒しながら森の奥へ進む。
やがて前方に古びた小屋が見えてきた。
「入れ」
兵士隊長に促されて小屋の扉を開けると、思いもよらぬ人物が私を待っていた。
「やあ、よく来てくれたね」
「うげ……こほん。殿下、どうしてこんなところに?」
それは先の戦いの失態で王太子の座を追われた元婚約者のエイリーク王子だった。
そうか、あの兵士達はエイリーク王子直属の家来だったのか。
「聞いてくれシェリナ。私はビバリーの一派に嵌められたんだ。考えてもみてくれ。王太子である私をあんな恐ろしい化け物の討伐に向かわせるなんておかしいだろう。きっとビバリーを擁立する貴族達が私を貶める為に父上を唆したに違いない」
エイリーク王子は早口で捲し立てるが、それはないと思う。
だとしたらビバリー王子も一緒に出陣させる理由がない。
そもそもエイリーク王子があの時敵前逃亡をせずに指揮を執り続けていれば間違いなくあのままファフニルを討ち取れただろう。
きっとアルガノン陛下は勝算があると見込んだ上で、この機会にエイリーク王子に手柄の一つでも立てさせてあげようという親心で送りだしたのだろう。
それをエイリーク王子は自らの臆病風で台無しにしてしまった。
どう考えてもただの被害妄想だ。
私は汚い物を見るような目でエイリーク王子を見る。
エイリーク王子は呆れかえる私の心の内に気付く事もなく話を続ける。
「そこでだ、私には逆転の一手がある。それは再びお前が私の婚約者に戻り、共に王宮へ戻る事だ」
「はい?」
「そうすれば私は魔王の手から聖女を連れ戻した勇者として再び王太子に返り咲く事ができる。お前は魔王に洗脳されていたという事にして私からも父上に口添えをしてあげよう。そうすればお前は罪に問われる事はない。どうだ、いい考えだろう?」
この人は一体何を言っているんだ。
「さあ二人で輝かしい未来を取り戻そうじゃないか」
エイリーク王子は興奮収まらない様子で私の両手を握る。
「エイリーク殿下、何を?」
「女神の口づけの話は聞いている。なに、お前がアザトースにした事は今回は特別に不問としてやる。私は過去にはこだわらない男だからな。さあ、お前の口づけでこの私の中に眠っている素晴らしい力を覚醒させてくれ」
「ちょっと、やめて……」
エイリーク王子は嫌がる私を無理やり押さえつけ、その唇を私に近付ける。
冗談じゃない。
誰がこんな男と。
バシッ!
私はエイリーク王子の手を力ずくで振り払い、その頬に全力の平手打ちをお見舞いした。




