第49話 思い出した
私の祝福の歌声は戦場に響き渡る怒号や悲鳴によってかき消されていく。
アザトースさんの傷は深く、聖女の治癒の力を持ってしてもなかなか傷がふさがらない。
今も生きているのが不思議なくらいだ。
祝福の歌は著しく使用者の体力を消耗する。
時間と共に私の意識は徐々に薄れていく。
アザトースさんが目を覚ます前に私の力が尽きてしまうかもしれない。
でもそんな事を気にしている場合ではない。
今まさに目の前で消えようとしている命の灯を決して見捨てたりはしない。
それが聖女としての私の矜持だ。
そしてアザトースさんを治療した後は、前線で戦っている魔族や兵士達の治療を行う。
これ以上誰ひとりとして死なせるものか。
どうかそれまで私の体力が持って欲しい。
そんな緊迫した状況の中、何故か私はどこか懐かしいもの感じていた。
「あれ、この光景どこかで……」
昔似たような事があったような気がする。
そうだ、昔傷つき倒れた少年を祝福の歌で癒していた夢を見た記憶がある。
少年の肌のぬくもりも、血の匂いも夢にしては鮮明に記憶している。
あの時と同じ感覚だ。
……同じ感覚?
私ははっとしてアザトースさんの顔をまじまじと見つめる。
どことなくあの時の少年の面影がある。
「え、もしかして……」
アザトースさんの姿があの時の少年と完全に重なった。
その時私は瞬時に理解した。
「あれは夢じゃなかったんだ……」
アザトースさんが魔族の天敵である聖女の私にどうしてここまで良くしてくれていたのかずっと疑問だった。
「ずっとあの時の恩義に報いてくれていたのね……気にしなくてよかったのに……」
私はアザトースさんの顔を撫でながら呟いた。
体力の限界を迎えた私の意識はそこで途切れる。
「おいシェリナ、しっかりしろ!」
「あれ、神父様? どうしてここに……ごめんなさい、門限を過ぎてしまいましたか?」
「何を寝惚けている。お前が眠っている間に全て片づいたぞ」
「片づいた? はっ、そういえばアザトースさんは? それにファフニルは?」
周囲を見回すと、私は見覚えのある部屋の中でベッドに横たわっていた。
間違いない、ここはクロネの教会の中だ。
シスター達の姿もある。
私はどうしてこんなところにいるのだろう。
私の疑問に神父様が答える。
「ゾーランドの町の宿屋は全て今回の戦いに参加した兵士達で埋まっていたからのう。仕方なくアザトース殿にお前をここまで運んできてもらったという訳だよ」
「そう、アザトースさんは無事だったのね。良かった」
私は起きて早々に気が抜けて再びベッドの上で横になる。
長く手入れをされていなかった教会の中は荒れ放題だったけど、ここは子供の頃からずっと暮らしてきた場所だ。
私は荒れた室内の様子が全く気にならない程心地よい眠りについた。
再び目を覚ました後、私が気を失った後の事を神父様に尋ねる。
神父様は微笑みながら答えた。
「私達が負傷兵の治療の為にゾーランド公爵領に到着した時には既に終わっていたので私も他人から聞いた話になるが、すごかったらしいぞ」
「何がすごかったんですか? ……あ、そっか。回復したアザトースさんがファフニルをやっつけてくれたんですね」
「確かにファフニルを倒したのはアザトース殿と聞いているが、皆が口を揃えて賞賛していたのは彼ではなくお前の力だ」
「え? 私?」
シスター達はにやにやと含み笑いを浮かべながら私を見ている。
この後神父様が話してくれた内容に、私は恥ずかしさのあまり顔から火が出るような思いをする事になる。




