第42話 魔界の経済
魔王城の宝物庫内を圧迫している品々の活用法について色々悩みぬいた結果、やはりポメラーニさんの提案通りお店を始める事にした。
単純に自分のお店を持つという事に興味があったという理由が大きい。
ちなみに魔界には通貨の概念がない。
ゆくゆくは魔界にも通貨のシステムを導入する必要はあるかもしれないけど、当面は物々交換オンリーでも問題はないだろう。
まずはアザトースさんの配下の魔族達に魔王城の近くに店舗を建てて貰った。
私は個人で経営しているような小さなお店を想像していたけど、アザトースさんの側近であるディーネさんが人間の文化を取り込む事に乗り気だった為にデパートの様な大きな店舗が作られる事になった。
この規模では私一人でお店を切り盛りするのも無理な相談なので、魔界中から従業員を募集したところ、あっという間に必要な人数が集まった。
全員アザトースさんやその側近魔族達の厳しい面接を受けているので、商品や売り上げをちょろまかしたり悪さをしようとする者もいないだろう。
店舗が完成すると、宝物庫内に保管しておいた品物を食品、衣服、日用品、娯楽品等に種類分けして店舗内に陳列する。
食品については日持ちがしない物も沢山あったけど、聖女の浄化の力の前では消費期限なんて存在しないも同然だ。
例え腐っていようとも瞬く間に新鮮な食材に早変わりする。
その為、私は主に食品の取り扱いを担当する事になった。
そして迎えたグランドオープン初日。
お店の前には多くの魔族達が商品と交換用の品々を手に並んでいた。
魔族は短気な者が多い。
並び順を巡って押し合いへし合いから殴り合いに発展したケースもあったが、暴れていた魔族は様子を見に来ていたアザトースさんに首根っこを掴まれてそのまま魔王城の地下牢にぶち込まれて反省させられていた。
そしていよいよ開店の時間がやってきた。
入口の扉が開くと同時に、お客さんが店内に殺到する。
大半のお客さんの目的は食品でも衣服でも日用品でもなく……娯楽品だ。
しかもカードゲームコーナーに殺到している。
「ここに並んでいるマゾック&ウィザード第三段のパックを全部俺によこせ! この魔界牛の霜降り肉一キロと交換なら足りるだろう?」
「はっ、そんな奴に売る事はない。俺は魔石をひとつ出すぞ」
「待て、俺は魔石二個出そうじゃないか。こんな奴より俺に売ってくれ!」
そして気が付いた時にはオークション状態になっていた。
イザベリア聖王国内でもカードゲームのガチ勢はレアカードを手に入れる為ならお金に糸目はつけないという。
人間も魔族もおんなじだ。
今まで私が学校等に無料で配っていたスターターパックではもう我慢できなかったんだろう。
お店のスタッフはお客さんの勢いに押されてたじろいでいる。
さすがに見ていられない。
食品エリアはほとんどお客さんがいないので、私はここを別のスタッフに任せて娯楽品エリアのサポートに向かう。
「お客さん、ひとり3パックまでですよ。マゾック&ウィザードの決闘者ならルールは守って下さい」
「なんだとこのアマ! ひっこんでろ!」
血の気が多いお客さんの一人が私に向かって拳を振り上げた。
私は咄嗟に祈りの姿勢を取る。
私のお店を荒らそうとするのなら私は破邪の力を使う事を躊躇しない。
次の瞬間だった。
そのお客さんは別のお客さん達に地面に取り押さえられていた。
「このバカ! この人が誰だか分かっているのか? 聖女シェリナさんだぞ!」
「シェリナさん本当に申し訳ない。俺達ちょっと頭に血が昇ってしまって……。ちゃんとルールは守りますので出禁にはしないで下さい」
「お前もちゃんとシェリナさんに謝れよ!」
「はい、もうしません。許して下さい」
地面に押さえつけられていた魔族の男性は途端に素直になって謝罪をする。
どうやら私が聖女シェリナだという事を知らなかったようだ。
それにしてもこんなに多くの魔族の方が私の事を慕ってくれていたとは純粋に嬉しい。
「分かりました。次からは気を付けて下さいね」
「はい、シェリナ様」
私は気分を良くしながら食品売り場に戻ると、少しずつこのエリアにもお客さんが入り始めていた。
さあここから忙しくなるよ。
「おいお前マジで気をつけろよ。今シェリナさん破邪の力を使おうとしてたぞ」
「あんなのに巻き込まれたら俺達なんてあっという間に塵になるぞ」
「魔王様もそうだが、聖女の怒りは現実でもゲームオーバーを意味するからな。お前も肝に銘じとけ」
「ああ、分かった……クワバラクワバラ……」
マゾック&ウィザード第三段には聖女の怒りというカードが追加されている。
そのカードの効果は敵味方の区別なくフィールド上の全ての魔物を一瞬で破壊するというものだ。
そのカードのイラストはどことなく私に似ているそうだけど、私がそのカードの存在を知ったのは先の話である。




