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第4話 連れ去られた聖女


「シェリナ様、ここでお待ち下さい。我々が様子を見て参ります」


 そう言って護衛兵達は階段を降りていった。


 私は魔物を封じる結界を保つ為に破邪の力を放出し続ける。



「奴をこの先に通す訳にはいかん。何としても食い止めろ!」


「た、隊長、ダメです! 我々だけでは奴を止められません!」


 兵士達の叫び声が結界の間まで聞こえてくる。

 私はその声に心を乱される。

 しかし心が乱れていては破邪の効果は半減する。

 私は深呼吸をして心を落ち着かせると、手を合わせて破邪の力を絞り出すように放出する。


「くそっ、化け物め! 奴にはシェリナ様のお力が効いていないのか!?」


 兵士達の声はますます大きくなる。

 すぐ近くまで敵が迫ってきている証拠だ。


 私がこの国の聖女になった時に女神様から授かった破邪の力は絶対だ。

 通常の魔物なら結界に触れただけで身体中が焼け爛れ、崩壊しながらあっという間に塵となってしまう。


 現に教会全体を包み込んだ結界の中に侵入したその魔族の青年の肉体は徐々に崩れ、身体中から血が滴り落ちている。

 しかし彼はそれでも自らの命を省みもせず、兵士達を蹴散らしながら一直線にこの部屋に向かって突き進んでくる。

 その姿を直接見てはいないが、聖女である私にはそれを肌で感じる事ができる。


 何という執念だろう。

 破邪の結界を張っている張本人である私が同情してしまう程だ。


「もうダメです! シェリナ様、早くここからお逃げ下さい! ……ぐああああっ」


 兵士隊長の悲鳴が聞こえた直後、結界の間の扉がバタンと開き、血だらけの魔族の青年が躍り込んできた。


 整った綺麗な顔をしているが、その頭部には山羊のような角を生やし、背中には漆黒の大きな翼を持っている。


 その魔族の青年は正面から私の目を見据え、息も絶え絶えに言う。


「見つけたぞイザベリア聖王国の聖女シェリナ」


「人間の言葉を話す魔物なんて珍しいですね」


「ふっ、お前達の言葉を理解する事など容易い事だ」


 魔族には魔族の言語があるが、それは外国語のようなものだ。

 勉強すれば覚えられない事もないが、基本的に人間界と魔界は交流がない以上、お互いの言葉を習得するのは至難の業だ。


 彼にはそれでも人間の言葉を習得しなければならない理由があったのだろう。


 例えば交渉事とか。


「シェリナ、悪いが俺と一緒に来て貰うぞ」


 魔族の青年は強い口調でそう言いながら私に手を伸ばす。


 聖女は魔族にとって最も忌むべき存在だ。

 破邪の力はもとより、封印の力や治癒の力、身体強化の力など様々な不思議な力を使いこなす。

 並の魔物ならば近付く事すらできないだろう。


 だから魔族は強硬策に出た。


 聖女が僅かな護衛兵だけを引き連れて教会に現れた千載一遇の機会を狙って、この魔族の青年のように短時間なら破邪の力に耐えられる強大な力を持った刺客を放ったのだ。


 結界の間に辿り着いた時には彼は既に満身創痍だったが、私と刺し違える程度の力は残っているだろう。


 しかしこの青年、妙な事を言う。

 私を殺すのではなく、一緒に来いと言った。

 つまり彼の目的は私の命ではないという事だ。

 私は祈りの姿勢を保ったまま、彼の出方を見る事にした。


「お断りすると言ったらどうしますか?」


「力ずくでも」


 そう言って魔族の青年は両手に魔力を込め、人間ひとりを丸飲みできそうな大きさの火球を作り出す。

 あれをまともに受けたら如何に女神の加護を持つ聖女といえども無事では済まないだろう。


 しかし彼からは殺気は感じられない。

 つまりこれはただの脅しだ。


 この青年は一体何を考えているのだろう。


 ついそう考えてしまったのが運の尽き。

 あろう事か私はこの魔族の青年に興味を持ってしまった。


「分かりました。この期に及んで抵抗はしません。でも、兵士達にはこれ以上手出しはしないと約束して下さい」


「こんな状況でも他人の心配か。まあいいだろう。それでは参ろうか」


「いえ、その前にやっておく事があります」


 私は目で魔族の青年を制しつつ、祈りの姿勢を解く。

 その瞬間に教会に張られた破邪の結界が消えた。

 結界が消えた事で、魔族の青年の身体の崩壊も止まる。


 そしてゆっくりと立ち上がり、胸元に手を置いて祝福の歌を口ずさむ。


「ラー、ラー……」


「……綺麗な歌声だ」


 魔族の青年はそれを邪魔するでもなく、私の歌に耳を傾けながらそう洩らした。


 祝福の歌には治癒の効果がある。

 先程魔族の青年に打ち倒されて床に這いつくばっていた兵士達の傷は見る見るうちに消えてなくなった。


 それはこの魔族の青年も同じだ。

 崩れかかっていた身体も、ボロボロだった背中の翼も元通りだ。

 こうして改めてその顔を見ると本当に綺麗な顔立ちだ。


「敵を治療するとはな。何を企んでいる?」


「あら、今から私を抱きかかえ、その翼で空から連れ去るつもりなんでしょ? 途中で力尽きて仲良く墜落死なんてごめんだわ」


「ふっ……面白い女だ。それでは行こうか」


 私は魔族の青年に身体を預ける。

 青年は私を抱き上げると、翼を羽ばたかせ窓から外へ飛び出した。


「シェリナ様! ご無事ですか!?」


 そこへ意識を取り戻した護衛兵達が結界の間に突入してきたがもはや手遅れ。

 護衛兵達は魔族に連れ去られていく私を茫然と見守る事しかできなかった。




◇◇◇◇




 さっきこの魔族の青年が空の上で力尽きたら仲良く転落死をすると言ったが、それは嘘だ。


 聖女には不思議な力がたくさんある。

 短時間ならば風を操り身体を浮かせる事もできる。

 だから、もし墜落しても死ぬのはこの魔族の青年だけだ。


 もし今この空の上で私が破邪の力を使ったら、再びこの魔族の青年の背中の翼は崩れてひとり墜落死し、私は空から悠々と教会に帰る事ができる。


 しかし、彼が私に危害を加える気がなかったように、私も彼に危害を加えるつもりはない。


 彼の真意はまだ分からないが、騙し打ちのような真似は止めようと思った。


 それに聖女の力を駆使すれば……いざとなったら魔界を内部から乗っ取る事もできるし。


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