第39話 聖女による悪魔のささやき
「これはこれはエミリア嬢。本日はわざわざ私の屋敷までどういったご用件で?」
「はい、ティファニス様のお誕生日のお祝いの品を持参いたしました」
突然の訪問に怪訝な顔で問いかけるゾーランド公爵に対して、エミリアの付き人に扮した私が荷馬車に積んである金銀財宝が入った宝箱を空けて中身を見せる。
「ティファニスの誕生日祝いだと? ああ、そういえば今日があいつの誕生日だったか。あいつなら自室にいるだろう。勝手に持って行ってやれ」
ゾーランド公爵はさもどうでも良さそうに、私達をティファニスの部屋に案内するように使用人に言いつける。
さすがはこの付近一帯を治めている公爵様だ。
平民崩れの私の目には喉から手が出るほど魅力的に映っているこの財宝の数々も公爵にとっては大して珍しくもない物のようだ。
しかし公爵に見せた物が贈り物の全てではない。
本命の魔石については別の袋に仕舞っている。
如何にゾーランド公爵とはいえ魔石程の貴重な宝石ともなればそうそうお目にかかれる事もない。
ティファニスの手に渡す前に没収されてしまうかもしれないのでこれを見せる訳にはいかない。
私は荷馬車からお祝いの品を降ろして屋敷の中に運ぶ。
屋敷の誰もがアザトースさんの変幻術で姿を変えている私を聖女シェリナだとは気付いていないようだ。
馬車の御者に扮装したポメラーニさんにはこのまま屋敷の入り口で待っていてもらい、私とエミリアは使用人の後についていく。
ティファニスの部屋は屋敷の一番奥、薄暗い通路の先にあった。
まるで今の彼女の心境を表しているかのようだ。
使用人が部屋の扉をノックしてティファニスに呼びかける。
「ティファニスお嬢様、ゲルダ侯爵様がお祝いに参られました」
「……どうぞ」
「失礼致します」
使用人が扉を開け、私達がその後に続く。
部屋の中はろくに片付けもされておらず物が散乱しており、およそ徹底した淑女教育を施された貴族のご令嬢の部屋とは思えない。
彼女の病み具合が伺える。
「あなたはお下がりなさい」
「はい、お嬢様」
ティファニスはぶっきら棒に使用人を下がらせ、部屋の中には私とエミリアの二人が残された。
「ティファニス様、本日はおめでとうございます」
「それは嫌味かしらエミリアさん。お父様ですら覚えていなかった私の誕生日の何がめでたいというの?」
やさぐれてるなあ。
境遇を考えれば無理もないけど。
私は苦笑しそうになるのを堪える。
「ティファニス様、本当にお祝いしたいのはあなたの誕生日ではありません。あなたの輝かしい未来についてです」
「何が未来よ。私の今までの事は聞いているのでしょう。私が家の為に今まで努力してきた事は何の意味もなかった。キーラさえいなければ……!」
「お気持ちお察しいたします。私達も王宮ではキーラに散々嫌がらせを受けましたからね。さしずめキーラ被害者の会といったところでしょうか」
「……その様子だとキーラについて何か考えがあるんですね」
「話が早くて助かります。実は私達にはキーラを追い落とす計画があるんですが、一口乗りませんか?」
「キーラを追い落とす? でもあの子はエイリーク殿下の庇護下にあります。もう私達の手が届かない所にいるんですよ」
「そう、だからキーラとエイリーク殿下を引き離してしまえば良いんです」
「そんな事できる訳……」
「これをご覧下さい」
私は宝石箱から魔石を取り出してティファニスに見せると、途端にティファニスの目の色が変わった。
「これは……見た事もない宝石ですが不思議な魅力を感じます。これは何ですか?」
「この石は魔石と申しまして、魔界でのみ採掘できる大変貴重な宝石です」
「そんな貴重なものを私に?」
「はい。そしてエイリーク殿下は珍しい宝石に目がない事をご存じですか?」
これでも私は元エイリーク王子の婚約者だ。
彼の嗜好はそれなりに把握している。
「!! この宝石を使ってエイリーク殿下を篭絡しろと仰るのですか?」
「はい。それに今エイリーク殿下はキーラの尻拭いに奔走していて大層お疲れのご様子。ここらで解放して差し上げたら如何でしょう?」
「でも妹の婚約者を奪い取るなんてそんな酷い事私にはとても……」
「あら、ティファニス様はご存じないんですか? 元々エイリーク殿下は聖女シェリナと婚約をなさっていたんですよ。それを承知の上でキーラが略奪したんです。今更他の女性が奪ったところで誰が文句を言いましょうか?」
「……」
「ティファニス様は幼少より徹底した淑女教育を受けてこられたと聞いています。キーラなんかと結婚するより、あなたと結婚した方がエイリーク殿下にとっても幸せだと私は考えますけどね」
ティファニスは視線を下に落として熟考している。
もう一押しだ。




