第32話 ゲルダ侯爵領へ
「いやはや助かりました。あの魔獣どもをあんなに簡単に蹴散らすとは本当にお強いですね。おっと申し遅れました、私はこの一団のリーダーのポメラーニと申します」
「こちらこそ申し遅れました。彼はカルボナーラ、私は妹のペペロンチーノと申します」
私達は助けた行商人にお礼としてゲルダ侯爵領まで荷馬車に乗せていって貰う事になった。
正体を悟られないように適当に考えた偽名を名乗る。
「このご時世に旅をされるとは大変でしょう。それにしてもお二人ともイザベリア聖王国語がお上手ですね」
イザベリア聖王国では珍しい漆黒の髪のせいか、彼らは私達を外国人だと思っている。
もっともアザトースさんは人間ですらないんだけど。
ボロが出るのが怖いので、アザトースさんには無口な人間というキャラ付けをさせて貰い、受け答えは全て私が行うようにしている。
「ゲルダ侯爵領に昔お世話になった人が住んでいると聞きまして、久々に顔を見に行くところなんです」
「なるほど。あそこもゾーランド公爵領と同様に魔界と接していますが、領主が領内の防衛に力を入れているのでほとんど被害が出ていないそうですからね」
「そうなんですか」
私は荷馬車に揺られながらポメラーニさんに王国内の現況を伺った。
ゲルダ侯爵とは対照的にゾーランド公爵は領内への魔獣の侵入に対して全く関心がなく、満足に国境に警備兵を配置していないらしい。
行商人達が魔獣に襲われていたのもそれが原因だ。
ゾーランド公爵領ではあまりにも魔獣の被害が大きいので、他の土地へ逃げ出す領民が後を絶たないという。
既に領内はボロボロなのだが、ゾーランド公爵が対策をしないのは娘であるキーラの事で手がいっぱいだからだという。
キーラは聖女である私が不在中に聖女の代理として聖女の卵達を統率しているそうだが、あのお粗末な破邪の結界を見ても分かる通り私の代わりは勤まっていないらしい。
その為に魔獣達は我が物顔で王国内に侵入し、被害を受けた王国の民衆達は皆聖女代理であるキーラの責任であるとして彼女を糾弾している。
ゾーランド公爵はそんな娘への風当たりを逸らす為に工作部隊を編成。
キーラではなく失踪した聖女である私に責任を押し付けるよう世論を操作しようと奮闘しているらしい。
しかしすでに王国にいない私に責任を擦り付ける工作は上手くいくはずもなく、難航しているという話だ。
キーラは自業自得だからいいけど、彼女に付き合わされている聖女の卵達は可哀そうだと思った。
「カルボナーラさん、ペペロンチーノさん、ご覧下さい。あそこがゲルダ侯爵領です」
私達の前方に巨大な城壁が見えてきた。
魔界と接していたこの土地は遥か昔から度々魔物の侵略を受けており、それを重く見た領主は何代にも渡り長い年月をかけて領地全体を囲む巨大な城壁を築き上げた。
おかげでこの土地では破邪の結界が効力を失ってからも魔獣の被害はほとんどないという。
ゾーランド公爵領とゲルダ侯爵領、同じセリベリア聖王国内でもえらい違いである。
「そういえば知っていますか? ゲルダ侯爵の一人娘であるエミリア嬢も聖女としての修行をしていたそうで、王宮でキーラ嬢のお手伝いをしていたそうですよ。もっとも、あまり役に立たなかったとかで今はお屋敷に戻ってきているそうですが」
「そうなんですか」
どれだけ聖女としての修行を積んだ者でも、女神様の加護を受けた聖女の力には及ばない。
彼女を責めるのは酷だろう。
でもあのキーラの下から離れられたのなら彼女にとっても幸せかもしれない。
そんな私の思いを余所に、荷馬車はゲルド侯爵領の入り口の門の前に到着した




