第31話 魔獣の侵入
「俺がついていくと何か問題があるのか?」
「問題だらけです」
ただでさえ今王国内では魔獣の被害が問題になっているらしいのに、さらに魔王なんかが現れたら国中が大混乱に陥るのは目に見えている。
「俺の見た目が問題なのか?」
アザトースさんも私が懸念している事を理解してそう答えると、間髪入れずに魔法の呪文を詠唱する。
アザトースさんの身体が淡い光に包まれたかと思うと、その光に溶け込むように頭部の大きな角と背中の漆黒の翼が消え去った。
「これなら問題はあるまい」
「そっか、人化の術がありましたね」
これならどう見ても普通の人間の青年だ。
誰も魔王だとは思わないだろう。
「それよりもお前だ。その特徴的な銀の髪に深緑の瞳。ひと目で聖女シェリナ本人だと気付かれてしまうだろう」
「うぐっ……」
確かに私がシェリナだと民衆に気付かれたら面倒な事になりそうだ。
こんな事なら変装セットでも持ってくるんだった。
「まあいい、俺が何とかしよう」
アザトースさんは私の頭に手をかざして呪文を詠唱する。
「何をしているんですか?」
「……終わったぞ」
アザトースさんは呪文の詠唱を終えると、懐から手鏡を取り出して私に見せる。
そこにはアザトースさんのように漆黒の髪に青い瞳をした女の子が映っていた。
「え? これが私? あ、声まで変わってる……」
「人化の術の応用だ。これなら誰もお前だと気付くまい」
「魔族の魔法ってこんな事もできるんですね。見て見て、私とアザトースさんが並ぶとまるで兄妹みたい」
「兄妹……か」
「さあゲルダ侯爵領へ行きましょう。と言っても歩いて行くには距離がありますね」
人間界でアザトースさんに飛行してもらう訳にもいかないので、一旦近くの町で馬車を手配する事にした。
一番近い町はここから東に5キロ程の距離にある。
のんびり歩いても一時間もあれば到着するだろう。
私とアザトースさんはクロネの森を東に進み、まずは街道を目指す。
その途中で邪悪な気配を感じた私は足を止めた。
「この気配……魔獣?」
破邪の結界が殆ど無効化している今、魔界との境界線に近いこの付近に魔獣が闊歩しているのは予想の範疇だ。
私も聖女である以上王国内に侵入した魔獣に対して見て見ぬふりをする事はできない。
私は魔獣を排除するべく、気配のする場所へ向かった。
「だ、誰か助けてくれえ!」
そこには行商人と思われる一行が魔獣達に囲まれていた。
ハイエナのような姿をしたその魔獣は魔界ではかなり弱い部類に入るが、一般人にとっては脅威以外の何物でもない。
「皆さん無事ですか!? 今私が排除しますから……」
「待て」
行商人達に駆け寄る私をアザトースさんが止めた。
「破邪の力を使えばお前が聖女だという事に気付かれてしまう。ここは俺に任せておけ」
アザトースさんは漆黒に輝く禍々しい剣を抜いて魔獣の群れの中に飛び込み一閃する。
「ギャン!」
そのひと振りで魔獣の半数が肉片と化し、残りの半数は悲鳴を上げながら魔界の方へ逃げ帰っていった。
「これでしばらくは魔界で大人しくしているだろう」
「あんまり人間離れした戦い方をしていると魔王だってバレちゃいますよ?」
「なに、勇者オルトシャンの剣技は俺よりも優れていた。この程度の動きならまだ人間の常識の範囲内だ」
「いえ、あの人を基準にしたらダメです」




