第30話 母国の現状
見覚えがある景色が眼下に広がってきた。
ゾーランド領の西端に位置するクロネの森だ。
私が育った教会はこの森の中にある。
アザトースさんは私を抱きかかえながらゆっくりと地上へ降りる。
丁度ここはイザベリア聖王国と魔界との境界。
もう少し先へ進むとイザベリア聖王国を包んでいる破邪の結界の中に入る。
結界は肉眼では見えないが、聖女である私や魔力を持つ者はそれを肌で感じる事ができる。
私の目の前には間違いなく結界が張られている。
張られているけど、なんて言うか……。
「貧弱な結界ですね」
「これでは結界の意味はあるまい」
私とアザトースさんは同じ意見を述べる。
聖女である私が王国を離れている間、次期聖女の卵達が代理で結界を張っているという事は勇者オルトシャンから聞いているけど、いくらなんでもお粗末な結界だ。
これでは最下層の魔物である角が生えた兎みたいな魔獣でも平然と出入りできそうだ。
国境付近にある村々ではさぞかし魔獣の被害が出ている事だろう。
私は溜息をつきながら結界の中に足を踏み入れる。
久々の人間界だ。
微弱とはいえ破邪の結界の中には魔界の瘴気は入ってこない。
スー……ハー……。
私は大きく深呼吸をする。
やっぱり人間界の空気はおいしい。
牢獄から久々に出所した罪人もきっとこんな気分だろうな。
以前アザトースさんから聞いた事があるけど、魔界の瘴気とは魔界という土地特有の汚染された空気の事であり、そこに住む魔物達には害はないが逆に栄養になるという事もないそうだ。
魔界の瘴気に触れた食べ物は人間にとって毒性を持つ細菌に侵される為、間接的に人間の侵入を阻む働きを持っている。
それは丁度魔族の侵入を拒む破邪の結界とは対象的な効果だ。
破邪の結界と魔界の瘴気、この二つの存在によって人間界と魔界が分け隔てられ、世界の均衡がとれていると言っても過言はない。
でも逆にこんな物があるから何時まで経っても人間と魔族が相いれない存在となっている事も否定できない。
そんな物は平和な世界には必要ないよね。
「……邪魔なものは全部消さなきゃ……」
思わず声に出してしまった。
「ん? 何をだ?」
アザトースさんが怪訝そうにこちらを見る。
「あ、いえ、こっちの話です」
私は作り笑いをしながら誤魔化す。
「それよりもアザトースさんも結界の中に入ってきて大丈夫なんですか?」
「この程度の破邪の力など、俺には蚊が刺した程度にも感じない。……それに今まで散々お前の破邪の力を浴びせられてきたからな。耐性がついてしまったのかもしれんな」
「あはは……何と言うか、本当にごめんなさい」
この謝罪はアザトースさんに対してだけのものではない。
もしいつの日か人間と魔族が戦争になった時、聖女になった者は破邪の力への耐性を持った魔族と戦う事になる。
そんな日が訪れない事を祈るばかりだ。
「そんな事よりシェリナよ、教会の皆の事を調べるのだろう。心当たりはあるのか?」
「はい、各教会は提携を結んでいるので、クロネの教会から追い出されたのなら、恐らく北のゲルダ侯爵領にあるマウアー教会を頼ったはずです」
「そうか。では行こうか」
「はい……って、アザトースさんも一緒に行くんですか?」




