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第21話 魔界学校の設立


 あれから私は何度もアザトースさんに連れられて魔界の各地を回り、魔界全体の現状が少しずつ分かってきた。


 現在魔界はアザトースさんによってひとつの統一国家の体をなしているが、その実はまるで戦国の世だ。


 魔王城の付近はアザトースさんの目が光っているので治安が安定しているが、そこから離れるにつれてその地の支配者たちが己の利権を賭けて日々軍事衝突を繰り返している。


 アザトースさんの目が届かない地方では表向きは魔王であるアザトースさんには従っているものの、争いが起こっていてもその情報が伝わって来ない。


 私はまず各地にアザトースさんの配下の者を派遣し、地方の支配者の動向を監視すると共に、許可なく戦闘行為に及ぶ事を禁ずるよう厳命する事を提案した。


 魔界にも盗賊や山賊のような輩が蔓延っているので、そういった者の討伐については派遣した配下の裁量に任せておく。


 こうして地方の治安の改善を行った後は安定した食料の生産と物流を行うシステムの構築だ。

 村と村を繋ぐ街道の整備や、荷馬車の護衛を行う者の確保など、やる事は沢山ある。


 私はイザベリア聖王国のシステムをヒントに、魔界でも活用できそうなものは何でも教示した。



 今日は魔界の国家運営についての会議を行う日だ。


 魔王城の会議室には私とアザトースさん、そしてディーネ以下アザトースさんの側近達数名が集まっている。


 私は準備してきた資料をテーブルの上に並べて順番に説明をする。

 今日の議題は学校の設立についてだ。


「──このように、イザベリア聖王国の王都や地方都市では六歳になった子供は学校という施設に通い、最低九年間は勉学に励みます。学校がない辺境の地では教会がその役割を担う事もあります」


「ふむ……人間達はこのような事をやっていたのか」


「人間達は我々魔族と比べて連携して戦うのがうまいのは教育によるものなのだろうな」


「その通りだ。子供の内から戦う術を徹底的に叩き込めば我らの軍事力も上がろうというもの」


「戦争の為に教育をするのではありません!」


 予想はしていたけど、魔族は何でも軍事に関連付けようとする悪い癖がある。

 私が止めなかったらいつまでもその話題で盛り上がっていそうな雰囲気だ。

 私が子供達の教育環境を整えようと推進するのは、彼らにも文化的な暮らしをしてもらいたいからだ。


「しかしシェリナ様、魔界に人間界にあるような学校を設立するとなると多くの同胞を動かす事になる。それに見合うだけの成果を出さなければ彼らが納得するまい」


「すぐに成果が出る訳ではありませんが、長い目で見ればきっと魔界の民にとっても有益になるはずです。それでも文句を言う人がいるのなら──」


 私は両手を合わせて祈る姿勢を取る。


「──私に直接言うように伝えて下さい」


「ひっ……」


 私の意見に反対の姿勢を取っていたその魔族は、私が祈りを捧げようとする姿を見て震えあがって口を閉ざす。

 余程私の持つ破邪の力が恐ろしいらしい。


「はははは、アパオシャよ、ここはシェリナの顔を立ててやってくれ」


「は、はい……アザトース様のお言葉とあらば……」


 アザトースさんの後押しもあって、近々魔王城の近くに学校が作られる事が決定した。


 学校といっても主に親に育児放棄された子供を集めて保護するところから始まる。

 どちらかと言うと孤児院に近い。


 学舎や寮はアザトースさんの配下の魔族に建てて貰うとして、問題は教師の確保だ。

 子供達に教える科目は人間界と同様に国語、算数、理科、社会を基本として体育、図工、家庭科、音楽、道徳、魔法なども加えようと思う。

 この中でネックになっているのが道徳だ。

 はっきり言って魔族の中に適任者は者はいない。


 むしろ彼らこそが授業を受けるべきだ。


 私が教壇に立つ事はやぶさかじゃないけど、その為にはまず私が魔界語を習得しないといけない。

 アザトースさんは折角だから子供達にもイザベリア聖王国語を広めようと考えているみたいだけど、子供達が二ヶ国語を話せるようになっても私が母国語しか話せないのでは格好が付かない。


 私は散々悩んだ末、意を決してオプティムさんに魔界語を教えて貰うようにお願いをすると、快く引き受けてくれた。


 今まで魔王城内の生活は退屈そのものだったけど、おかげで暇な時間が無くなって充実した日々を送れるようになった。



 今日も自室で魔界語のお勉強だ。


「シェリナ様、今日覚えて頂く言葉はΛαξです」


「はい、Λaξですね」


「発音とアクセントが違います。よく聞いて下さい。Λαξです」


「うう、難しい……それでどんな意味なんですか?」


「お久しぶりです。また会えて嬉しいです。その後お変りはありませんか、という挨拶の言葉です」


「え? この三文字にそれだけの意味が含まれているの?」


 魔界語とイザベリア聖王国語は言語形態が全く異なる。

 私が魔界語を習得できるのはかなり先になりそうだ。

 逆にアザトースさんや城の皆さんはよく短期間でイザベリア聖王国語を習得できたものだと感心した。


 こうして私が四苦八苦している間に、魔王城の近くに学校の校舎と寮が完成した。

 すぐ近くに魔王が住んでいる為、魔界でここ以上に治安が良い場所はない。

 ……普通なら魔王の城の付近は最も危険な場所とされるのだが、アザトースさんは意味もなく殺戮を繰り返すような暴君ではない。

 魔界の荒くれ者達もこの付近ではアザトースさんを恐れて借りてきた猫のように大人しくしている。


 まずはこの学校を運営してみて、上手くいくようならば魔界の各地に分校が作られる計画だ。


 子供達を受け入れられる環境が整うと、アザトースさんから魔界各地に生徒となる子供達を募集する旨のお達しが下された。


 アザトースさんの性格が正しく伝わっていない遠方では、魔王が生贄となるべき子供を集めているという誤解も広まってそれに抵抗する勢力まで現れてひと悶着あったけどそれはまた別の話である。


 紆余曲折あって百人の子供達が魔界学校に集まってきた。


 校長兼教師としてこの学校の運営を任される事になった私は校舎の中から温かい目で集まってきた子供達を眺める。


 しかし満足に躾をされていない魔族の子供達はまるで獣のように好き勝手に暴れまわっていた。


 私は教師としてこの子供達が立派な大人になれるよう導かなくてはいけない。

 聖女の仕事よりも大変そうだ。


 その時、ひとりの子供が校舎の中に侵入して私に近付いてきた。

 私はそれなりに話せるようになっていた魔界語で注意をする。


「駄目ですよ、中に勝手に入ってきちゃ……」


「えへへへー」


「え? ちょっと!?」


 あろう事かその子供は素早く私の背後に回ると、さっと私のスカートをめくりあげる。


「やった、白だ!」


「待ちなさい!」


 何なのこのエロガキは。

 私は逃げようとしたその子供の首根っこを捕まえて持ち上げる。


 次の瞬間、私は背後から猛烈な殺気が放たれているのを感じた。


 私に対してではない、このエロガキに対してだ。


 私は咄嗟にこの子供をかばう姿勢を取り後ろを振り向くと、そこには学校の様子を見に来たアザトースさんが怒りに満ちた形相で立っていた。


 どう考えても子供に向けるような殺気じゃない。


「アザトースさんこんな子供相手にどうしたんですか?」


「どけシェリナ。そいつはお前に許しがたい無礼を働いた。子供とはいえ見逃す事は出来ん」


 アザトースさんから発せられるどす黒いオーラに、エロガキは震えあがって泣き叫んでいる。

 どうやらアザトースさんは本気で怒っているようだ。

 たかがスカートめくりぐらいでいくらなんでも大袈裟だ。


 私はアザトースさんを睨みつけながら言う。


「この子は私の生徒です。いくらアザトースさんといえども手出しはさせません」


「別に命まで取るつもりはない。だが犯した罪には相応の罰を与えなければならん」


「罰……ですか」


 私はエロガキを後ろ向きに脇に抱え直すと、思いっきりその尻を引っぱたいた。


「うぎゃあ!」


「いい? ボク。悪い事をするとお仕置きをされるのよ。もう二度としちゃダメよ。さあ行きなさい」


 私はそれだけ言うとエロガキを解放した。


「うわーん!」


 エロガキが逃げるようにその場を去った後、私はアザトースさんと正対して宣言した。


「生徒の指導は私が責任をもって行います。アザトースさんといえども口出しは無用です」


「……ふう、分かった。ならばもう何も言う事はあるまい。好きにするといい」


 アザトースさんは深くため息をついた後、その場を後にした。


 全くもう、アザトースさんらしくもない。

 たかが子供のいたずらに何をそんなに怒ってるんだろう。


 私は首を傾げながら辺りを見回すと、アザトースさんの配下の魔物達が遠巻きに私の方を眺めているのが見えた。


 後で聞いた話では、アザトースさんと聖女の争いに巻き込まれてはひとたまりもないと思い、私達から距離を取っていたそうだ。


 そんなに怖がらなくてもいいのに。





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