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第2話 プロローグ


 私の名前はシェリナ・ティターニア。

 多分12歳位。

 王国の西の外れにあるクロネという教会でシスターとして働いている。


 10年前教会の入口の扉の前に捨てられて泣き叫んでいた私を拾ってくれたのは神父様だったという。

 私の正確な年齢が分からないのはその為だ。


 幼少ながら美しい銀色の髪に深緑の瞳を持つ私を見た教会の皆さんは、私を女神様が遣わした聖なる子供だと信じ、以来私はこの国の民の安寧を守る存在である聖女となるべく修行を積んできた。


 教会の皆さんが授けてくれた私の名前も、慈愛の女神ティターニア様に肖ってつけられたものだ。



 ここイザベリア聖王国では女神の加護を受け、その聖なる力で人々の安寧を守る者を聖女と呼ぶ。

 シスターは女神様に仕える立場上、最も聖女に近い存在といわれている。


 私はいつの日か教会の皆さんの期待に応えて立派な聖女になれるように辛い修行の日々を耐え続けてきた。


「あー、シェリナ、ちょっといいかしら?」


 ある日の夕方、同じく教会で働いている三つ年上のシスターのキーラが私を呼びとめた。

 ゾーランド公爵家の二女である彼女もまた聖女となる為の修行の一環でこの教会で働いていた。


 私はキーラの後について人気のない廊下の隅に移動する。


「聞いた? 今日からいつものお店で新作のクレープが売りだされてるそうじゃん。悪いんだけどさー、ちょっとひとっ走り行って買ってきてくれないかなー?」


「え、もう日が沈み始めますよ。今から町へ買いに出かけると門限に間に合いません」


 私の言葉を聞いたキーラの表情が一変した。


「生意気に口答えするんじゃないわよ。あたしは今日食べたいって言ってるの。あんた孤児の分際で神父様のお気に入りだからって調子に乗ってるんじゃない?」


 キーラはいつも気まぐれで私に無理難題を押し付けてくる。

 その理由は彼女が我儘なご令嬢だからという理由だけではない。


 この国では二人以上の聖女が同時に存在する事はない。

 その為にキーラには次期聖女候補として順調に修行を終わらせていっている私の存在が目の上のたんこぶなのだ。

 それに歴代の聖女は皆王太子などの身分の高い人間の妻となる事が恒例となっていた事もキーラの敵愾心に拍車をかけた。


「シェリナ、嫌だなんて言わないわよね? 言える訳ないよねえー、クスクス」


 キーラの父親であるゾーランド公爵は教会を含めこの付近一帯を治めている領主だ。

 もし私がキーラの不興を買うような事をすれば教会の皆にも迷惑がかかる事は想像に難くない。

 私には最初から断るという選択肢はなかった。


「……分かりました」


 私は感情を押し殺してそう答えると、自分の部屋に戻って可愛いクマさんのワッペンが付いたお気に入りの買い物籠と、毎月支給される僅かなお小遣いを握りしめて教会を出る。

 もちろんキーラがクレープ代を出してくれるはずもなく、自腹を切るしかない。


 私がいるこのクロネ教会はイザベリア聖王国と魔界こと魔族の国を隔てる境界線上にポツンと建っている。


 教会から町までは少し距離があるが、これには理由がある。


 この国にある全ての教会の中には結界石と呼ばれる聖なる力を宿した不思議な石が設置されており、この石には聖女の祈りによる破邪の力に共鳴して周囲に魔物の侵入を防ぐ結界を発動させるという効力がある。


 一見すると結界石が設置されている教会が一番安全な場所と思われるかもしれないが、その効力故に逆に魔物に与する者に襲撃される事が多い。

 人間の中には様々な理由で魔物に従っている者もおり、そういった者には破邪の力は無力だ。


 敬虔な信徒は毎日町から長い距離を歩いて教会までやってくるが、いつ襲撃を受けるか分からないような場所に住みつこうとする者は教会の関係者以外にはいない。




 私が町でクレープを購入して帰路に就く頃にはすっかり日が暮れていた。


「うう、もう絶対門限に間に合わないよ……」


 私は半ば諦めながら帰りを急ぐ。

 その時、私の前に黒い影が飛び出してきた。


「きゃっ……」


 突然の事で我ながら可愛らしい悲鳴を上げてしまった。

 こんな時間に人気のない道に現れる者といえば獣、追い剥ぎ、変質者と相場が決まっている。

 私は身を守る為に咄嗟に買い物籠を地面に置いて身構える。


 しかしその影は地面に横たわったまま動かない。

 暗闇でよく見えないが、私と同じ位の少年のようだ。

 私は恐る恐る近付いて声を掛けた。


「あの……どうかされましたか?」


「う……」


 その少年は全身傷だらけで苦しんでいた。

 少年からは魔物の匂いを感じる。

 魔物に襲われたのだろうか。


「大変!」


 私は少年の身体を抱きかかえ、ゆっくりと歌を口ずさむ。

 これは聖女が使う事ができる癒しの効果がある祝福の歌だ。

 私はまだ修行中の身なので本職の聖女程の効果はないが何もしないよりはましだ。


「ラー、ラー……」


 私は歌い続けるが、少年の身体の傷はなかなか癒えない。

 それどころか歌を止めると途端に少年の身体の傷が開き血が流れ出す。

 これでは歌を止める訳にはいかない。


「う……ん……!?」


 しばらく歌い続けていると少年の意識が戻った。


「よかった、気が付いたのね。私はシェリナ。教会で働いているの」


「……? シェリナ……?」


「あ、しゃべらないで。傷口が開いちゃうから。それより私の力では傷を癒すのに時間が掛かりそうだからしばらくこのままじっとしていてね」


「う……!」


 少年は私が握る手を振り解いて離れようとしたところで血を吐き倒れた。


「動かないで、まだ完全に治ってないのよ。大丈夫、私が必ず治してあげるから安心して。こう見えても聖女の卵なんだから」


「せい……じょ……?」


 少年は諦めたのか大人しくなった。


 私はこの少年を助けたい一心で歌を歌い続ける。

 祝福の歌は歌う者の体力を著しく消費する。

 私が歌い続ける時間と共に私の意識は少しずつ薄れていった。







「おいシェリナ、しっかりしろ!」


「あれ、神父様? どうしてここに……」


「お前が町に行ったまま帰ってこないとキーラに聞いて探しに来たんだ。一体何があったんだい?」


「何って……あ、あの子は?」


 私は周囲を見回すが、既にあの少年の姿はなかった。


「あの子? 他にも誰かいたのか? いや、そんな事よりもう日も遅い。話は教会に戻ってからだ」


 私は教会に戻った後に帰り道での出来事を説明したが、神父様が私を見つけた時にはそんな少年は見当たらなかったそうだ。


 キーラは「どうせ帰り道で道草を食ってる内に寝ぼけて夢でも見たんでしょ」と言いながら私の買い物籠からクレープを抜き取り、お礼も言わずに自分の部屋に戻っていった。


 考えてみればこんな夜遅くにあんな人里離れた場所に男の子がうろついているはずがない。


 ……まあ私が言っても説得力がないかもしれないけど。


 きっとキーラの言う通り寝ぼけていたんだと私は思う事にした。








 それから5年の歳月が流れた頃、修行を終えた私は女神様の神託により聖女として認められ、王宮に出仕する事になった。



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