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第17話 魔王城の勇者様


「よし、できた!」


「シェリナ様、何とかアザトース様が戻られる前に料理が完成しましたね」


 私は祝勝会用の料理が出来上がったので厨房の椅子に腰かけて一休みする。

 するとディーネさんが息を切らせながら厨房にやってきた。


「アザトース様がただいま戻りました!」


「え、もう?」


 割とギリギリだった。

 私も出迎えた方がいいのかしらと厨房から出たところでアザトースさんが必死の形相で走ってきた。


「シェリナ、無事か!?」


「はい。そんなに慌ててどうしたんですか?」


「どうもこうもない。城へ戻る途中クトゥグアの軍勢と交戦してな。良かった、奴はまだこの城に来ていなかったか」


 なるほど、それでそんなに慌てていたのか。


「クトゥグアならさっきオプティムさんがやっつけましたよ」


「オプティムが? まさか、お前の破邪の力ならともかく、クトグゥアはオプティムが勝てる程甘い相手ではないぞ」


 アザトースさんは私の言葉を全く信じていない。

 確かに素のオプティムさんはクトゥグアに全く歯が立たなかったからそれも無理はないかな。


 そこへオプティムさんが前に出てきてアザトースさんが留守中の出来事を事細かに報告する。


「アザトース様、シェリナ様の激励の歌の助力もあって私が打ち倒しました」


 最初は半信半疑だったアザトースさんも、地下室に安置されていたクトゥグアの屍を見れば信じざるを得なかった。


「ふむ……さすがはシェリナだ。俺でさえクトゥグアは散々打ち漏らしていたというのに、こうもあっさりと片付けるとは」


「いえ、私は力を貸しただけです」


「謙遜するな。お前の力があっての事だ。もしお前が俺の配下だったなら戦功第一は揺るがないだろう」


 アザトースさんはそう言って私を労うけれど、私は勇者でも戦士でもなく一介の聖女だ。

 敵を討つ事を褒められても全然嬉しくない。


「そんな事より、祝勝会の準備はいつでもオッケーですよ」


「ああ、折角準備をしてくれていたがすまない。俺は勇者を倒せなかった」


 アザトースさんは残念そうに俯くが、私としてはその方がいい。

 アザトースさんは見ての通りぴんぴんしてるし、倒せなかったという事は勇者オルトシャンも無事なのだろう。

 当初の予定とは異なるが、先代魔王クトゥグア打倒の祝勝会に変更だ。


「それでオルトシャンさんは私の救出を諦めて帰ったんですか」


「いや、ここにいる」


「ここに……え?」


 私は声のした方向を振り向くと、白く光り輝く美しい鎧を身に纏った赤髪の青年が立っていた。


「はじめまして聖女シェリナ。私がオルトシャンです」


「あっはい、どうもご丁寧に……って、どういう事? どうして魔王城に勇者がいるんですか?」


 普通勇者が魔王城にやってくるのは魔王を討ち滅ぼしに来た時だけだ。


「アザトース、どうやら貴様の話は真実だったようだな」


「俺は嘘はつかん」


 勇者オルトシャンは魔王アザトースを討つような素振りを一切見せず、まるで旧知の中のように自然に会話をしている。


「聖女シェリナよ、私はここまであなたを救出に来たつもりだったが、どうやら余計なお世話だったようだ。事情はアザトースから聞いた」


「あ、はい。私は自分の意志でここにいます。わざわざ来てもらったのにごめんなさい」


 勇者オルトシャンは微笑みながら首を横に振って答える。


「謝る必要はない。あなたが無事だという事が確認できただけで充分だ」


「でも勇者であるあなたがここまで来たという事は、ひょっとしてイザベリア聖王国で何か起きちゃってます?」


「多少の混乱はありますが、今のところ特に問題はありませんよ。強いて言えば毎朝の慈悲の祈りの効果が得られなくなったので、寝起きが辛そうな民衆が大勢現れた程度ですね」


「あはは……でも王国を包んでいた破邪の結界は消えているのでしょう? 魔獣の被害が出てたりしませんか?」


「あなたが不在の間、キーラ嬢を筆頭とした次世代の聖女候補達が力を合わせて破邪の結界を作る事になりました。彼女達は大変でしょうけど何とかなるでしょう」


「そうですか」


 それに次期聖女の座を狙っているキーラも私が王国に戻るのを歓迎しないだろう。

 このまま私が王国に戻らないまま聖女の任期が過ぎればキーラが次の聖女に選ばれる可能性もある訳だ。

 私は王国に帰りたくないし、キーラは私に帰ってきて欲しくない。

 理由は全く違うけど両者の利害は一致している。


「そうですか。では私はもうしばらくはこの城でお世話になります。でも聖女の力が必要な時はいつでも呼んで下さいね」


「そういう事なら早速ひとつお願いをしてもいいですか?」


「はい、何でしょう?」


 勇者オルトシャンは袋の中からパンを取り出して言う。


「この袋の中に入っているパンですけど、魔界に来る前にキーラ嬢達に浄化の力を宿して貰ったはずなんですが、残念ながら毒を持つ細菌に侵されてしまっているようです。捨てるのも勿体ないので持ってきたんですが、浄化をお願いできますか?」


「そういう事ならお安い御用です」


 私はパンに手をかざして浄化の力を開放する。

 浄化は聖女にとっては初歩的な力だ。

 ちゃんと修行をしていれば聖女に選ばれる前だって使う事はできる。

 例えキーラでもこの位はできるはずだけど……。

 きっと、オルトシャンによる私の救出作戦を失敗させる為にわざと手を抜いたんでしょうね。


「終わりましたよ」


「ありがとうございます。それではいただきます」


 勇者オルトシャンは私にお礼を言うと一切の躊躇なくパンをかぶりつく。

 ついさっきまで間違いなく毒に侵されていた食料だというのにどうしてこうも思い切りがいいのだろう。


 私はそう問いかけると、勇者オルトシャンはさも当然のように答える。


「私はシェリナ様のお力を信じていますから」


 彼は聖女の力ではなく私の力と言った。


「……どこかでお会いした事はありましたっけ?」


「いえ、お会いするのは初めてです」


 初対面の相手をどうしてここまで信用できるのか。

 訳が分からないよ。


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