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第15話 勇者の過去


 私の名はオルトシャン。

 魔獣の討伐を生業としているイザベリア聖王国出身の戦士だ。


 私は魔族に攫われたという聖女シェリナを救出する為に単身魔界へと足を踏み入れた。


 今の私には仲間と呼べる者はいない。


 以前は腕利きの剣士や魔法使い、ヒーラーといった者とパーティを組んでいたが、魔獣との戦いを重ねる度にひとりまたひとりと命を落としていった。


 新たな仲間を加える事も考えたが、長く実戦を繰り返してきた私の戦いについてこられる者は誰もいなかった。


 結果として私は今日も一人で戦い続けている。


 魔界に侵入してから最初に襲い掛かってきたのは知性の欠片もない狼のような姿をした魔獣の群れだ。

 私は以前深淵竜を討伐した時に手に入れた愛用の霊剣フツノミタマでまとめて斬り捨てる。


 魔獣達は呆気ない程簡単に片付いた。


 こいつらは聖女シェリナを攫ったという魔物とは無関係だろう。


 少し進んだ先で現れたのはコウモリの姿をした飛行型の魔獣の群れだ。

 話に聞く限りでは聖女シェリナを攫った魔物は教会の窓から空を飛んで立ち去ったという。

 私はもしやと思ったが、このコウモリ型の魔獣も霊剣フツノミタマの一閃で一瞬で片付いた。

 この程度の魔獣では聖女シェリナの破邪の力を前にすれば一瞬で消し飛ぶだろう。


 どうやらこいつらも無関係のようだ。


 私は落胆しながら更に奥へ進む。


 その後も何度も有象無象の魔獣達の襲撃を受けたが、いずれも大した苦戦をする事もなく蹴散らした。


 それにしてもおかしい。


 魔界はもっと弱肉強食の修羅の世界だ。

 人知も及ばないような強大な力を持つ魔物がそこら中にうろついているはずだ。

 しかし私に襲い掛かってくるのは控えめに言ってもザコばかり。


 我々人間が知らない間に魔界で何かが起きているのだろうか。


 しかしザコの相手をしているだけでもお腹は空く。


 そろそろ昼時だ。

 私は鞄の中に仕舞っていたパンを取り出す。


 魔界ではその瘴気によって食べ物などはあっという間に毒物を持つ細菌に汚染されてしまう。


 だがそれは聖女の持つ浄化の力で解毒できる。


 私が持ってきた食料は予め次期聖女候補と言われているキーラ達に浄化の力を宿して貰っている。

 これなら魔界でも食べられるはずだ。


 私はパンを千切って口に運ぶ。



「……?」


 おかしい。

 長く冒険の日々を繰り返してきた私の勘がこれを食べてはいけないと警鐘を鳴らす。


 私はパンを口の中に入れるのを止めてまずは臭いを嗅ぐ。


 くんくん……。


 間違いない。

 毒細菌に汚染されている食料特有の独特の甘酸っぱい匂いがする。


 これはどういう事だろう。

 まさか聖女の浄化の力が効いていないのか。


 いや、彼女達は全員聖女候補であって聖女ではない。


 彼女達では魔界の毒細菌を浄化しきるだけの力が不足しているのかもしれない。

 それならば仕方がない。

 彼女達を責めるのは筋違いだな。


 私はパンを食べるのを諦めて袋にしまい込んだ。

 折角王宮の料理人たちが作ってくれた食料だ。

 ちゃんと浄化できればまだ食べられるかもしれないからだ。


 きっと聖女シェリナならばこの毒を消し去る事ができるはずだ。

 私がシェリナを救い出す理由が増えた。



 私は聖女シェリナの奇跡を実際に体験した事がある。


 あれはちょうど一年前、深淵竜を打ち倒してイザベリア聖王国に凱旋した時だ。

 凱旋といえば聞こえはいいが、私はその時最期の時を故郷で迎える為に人知れず帰国していた。


 深淵竜の吐くブレスには遅効性の猛毒があった。

 戦いの最中それを浴びた私の身体は徐々に腐り始めた。

 深淵竜の毒は私が冒険の旅に出た当時のイザベリア聖王国の聖女ローゼリアの浄化の力を遥かに超えるものという事は、私のようにそのブレスを浴びて息絶えた犠牲者達によって周知の事実だった。

 東方の医者にも診せて最高峰の解毒剤も試してみたが一向に回復の兆しは現れない。

 つまりもう私は助からない。


 私の家族と呼ばれる者は私が幼い頃に流行り病によって全員他界している。


 私は徐々に動かなくなる腐った身体に鞭を叩きながら既に誰も待つ者が残っていない自宅に戻ると、ひとりベッドの上に横たわりこの命が尽きるのを待った。


 しかし奇跡が起きた。


 翌朝目を覚ますと私の身体を蝕んでいた猛毒はすっかり消え去っていた。


 民に話を聞くと最近聖女が代替わりしたという。

 その名をシェリナ・ティターニアというらしい。

 なんでも彼女の出身であるクロネという教会の近くでは慈愛の女神ティターニア様が遣わした聖なる少女だと評判だ。


 彼女が毎朝国民の為に捧げている祈りの力は先代聖女のそれを遥かに凌ぎ、寝たきりの重病人ですら元気に走り回る事ができるようになったという噂もあるという。


 通常聖女に纏わる逸話には尾ひれがついているものだが、私はそれを信じたくなった。


 彼女は私の命の恩人であり、イザベリア聖王国にとって絶対に必要な人間だ。

 どんな手を使ってでも救い出して見せる。

 そしてそんな彼女に危害を加える魔物どもは絶対に許さない。


「一日や二日飯を抜いたぐらいでなんだというのだ」


 私は食事を諦めると決意を新たに再び魔界の奥に足を進めた。




 ◇◇◇◇




「お前がオルトシャンだな」


 私の前方に魔族の軍勢を引き連れたひとりの魔族が現れた。


「いかにも。貴様は何者だ」


「俺の名はアザトース。魔王と呼ばれている」


 大きな漆黒の翼に巨大な角を持つその男の外見は、シェリナを攫ったという魔族の姿に一致する。

 私は霊剣フツノミタマを抜いて構えつつアザトースと名乗った魔族に問う。


「聖女シェリナを攫ったのは貴様か。彼女は無事なんだろうな?」


「ああ、シェリナは我が城で丁重に扱っている」


「丁重に……だと!?」


 魔王の言葉を額面通りに受け取るつもりはない。

 それはつまりシェリナは筆舌に尽くし難い程の酷い目に遭わされているという事だ。


 私は魔王のその言葉で怒りのあまり全身の毛が逆立つのを感じた。

 敵にこれ程の殺意を抱いた事は未だかつて記憶にない。



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