第11話 一方イザベリア聖王国では
私の名前はキーラ。
イザベリア聖王国の名門貴族であるゾーランド公爵家の二女だ。
私は子供の頃から聖女の素質があると周りに言われ、お父様に聖女になる為の修行をさせられ続けていたが、女神の神託によって聖女に選ばれたのは私ではなく同じ教会で修業を積んだ幼馴染のシスターシェリナだった。
どうして公爵家の令嬢である私じゃなくて捨て子のシェリナなの?
女神の目が曇ったのかしら。
しかも陛下の要望でシェリナとエイリーク王子との縁談まで持ちあがる始末。
当然納得できるはずもなく、私はシェリナを聖女の座から蹴落とす為に考えられる限りのありとあらゆる嫌がらせを続けていた。
私の美貌を持ってすればエイリーク王子を篭絡するのは簡単だった。
私はエイリーク王子にシェリナについてのある事ない事様々な悪評を言いふらして婚約を破棄させる事に成功した。
決定打になったのが聖女の務めをサボっていたというでっちあげだ。
この嘘に説得力を持たせる為には実際に被害を出すのが一番手っ取り早い。
私はお父様に頼んでクロネの教会の人達を追い出して結界の間に設置されていた結界石を持ち出して隠した。
さすがに結界の間に結界石がないとすぐにバレるので余っていた漬物石を代わりに置いてカモフラージュをしておいた。
これによって度々領内に魔獣が侵入して領民に被害が出たが、領主の娘である私の為の尊い犠牲だ。
むしろ名誉に思いなさい。
それにシェリナを追い落とした後はちゃんと結界石を元に戻してあげるから少しの間ぐらい我慢できるでしょう。
これでシェリナが自暴自棄になって自主的に聖女を止めてくれれば話は早かったんだけど、一向に止める気配がない。
でもこんな事もあろうかと次の策は考えてある。
ゾーランド公爵家の令嬢である私には領内の情報がよく入ってくる。
それによるとどうも最近シェリナの事を詮索している者がいるらしい。
しかもそれは魔族と関わりがある者のようだ。
彼らは主に結界が消えたクロネの教会付近で目撃されている。
これが意味するところは、魔族がシェリナを狙っているという事だ。
もし今シェリナが僅かな護衛兵だけでクロネの教会にやってきたら魔族がその好機を狙わないはずがない。
そしてシェリナが魔族に殺されればすぐさま次の聖女を決める為に女神の神託が降りるだろう。
私の思惑通りにシェリナはクロネの教会に調査に向かい、そこで魔族に襲われて連れ去られたという。
ここまでは全て私が思い描いたシナリオの通りだった。
しかし、シェリナが連れ去られて一週間が経つというのに一向に次の聖女についての女神からの神託が降りない。
それはつまりシェリナがまだ生きている事を意味する。
イザベリア聖王国は聖女の祈りの力によって繁栄してきた国だ。
千年以上続くイザベリア聖王国の歴史の中でこれだけ長期間国内に聖女が不在だった事は一度もない。
既に国を覆っていた破邪の結界も消え去り、ゾーランド公爵領以外でも魔獣の被害が出始めていた。
事態を重く見た国王アルガノンは重臣達を集めて緊急会議を行う事になった。
「キーラ、ここにいたのか」
「これはエイリーク殿下。そんなに慌てていかがなされましたか?」
「どうもこうもない、シェリナが行方不明になってから一週間、国内もかなり混乱してきた。公表はしていないはずだが国民達もシェリナがいなくなった事に気付いている。俺もこれから緊急会議に参加しなければならない」
「そうでしたか。まったく、あのなまぐさ聖女のせいで皆が迷惑をしておりますわね」
「それについてなんだがキーラ、お前も会議に同席して欲しい。女神の神託は下りていないが、聖女の代理として父上にも推薦したいと思う」
「まあ、私などにそんな大役が勤まるのでしょうか」
「俺の愛するキーラなら無事やり遂げてくれると信じている。さあ、俺と一緒に来てくれるね?」
「エイリーク様……もちろんですわ。殿下にそこまで想われてキーラは幸せにございます」
当初の予定とは少し違っていたが、結果オーライだ。
これで行く行くは私はイザベリア聖王国の王妃となり、王国を救った真の聖女として王国史にその名前が刻まれるだろう。
私はエイリークの後をついて会議室へと足を運んだ。
会議室には既に王国の重鎮達が集まっていた。
国王アルガノンが渋い表情で言った。
「遅いぞエイリーク。今は一刻を争う非常事態だぞ」
「申し訳ございません父上」
「それでその娘は誰だ?」
「はい、この女性はゾーランド公爵の二女でキーラと申します。今回王国を襲った困難を打開できる女性です」
「キーラ・フォン・ゾーランドと申します。以後お見知りおき下さい」
私はエイリーク王子の紹介を受けて会議室の皆に一礼をする。
会議室の中には国教であるティターニア教の大司教であるノイアー氏もいた。
一年前、聖女を決める女神の神託の儀の際に顔を合わせた事がある人物だ。
ノイアー大司教も私の事を覚えていたようで声を掛ける。
「君は確かシェリナと共にクロネの教会で修業を積んでいた者だったな」
「はい、修行時代はシェリナさんと苦楽を共にしてきました。神託の儀ではシェリナさんに後れを取りましたが、私は彼女と同等の力を持っているつもりです」
私の言葉にエイリークが後押しをする。
「父上、彼女は幼少よりシェリナと同じ環境で同じ修行をしてきました。その力もほぼ等しいと考えるのが道理というものです」
実際は私は修行をサボってばかりだったけど、エイリーク王子はそう信じて疑っていない。
本当に単純な人。
私が王妃になった暁には思う存分尻に敷いてあげるわ。
ノイアー大司教が言う。
「キーラ嬢、君がシェリナと同等の力を持っていたとしても、女神の加護を受けていない以上シェリナ程の聖なる力を発揮する事は出来まい」
聖女とそれ以外の人間の一番の差は女神の加護の有無だ。
女神の神託が降りて聖女になった者は、その役目を終えるまで女神の加護を受け続ける。
それは聖女が本来持っている聖なる力を何倍にも増幅させる効力を発揮する。
如何に私の力が優れていても、本職の聖女の力に並ぶ事は絶対にない。
だからそれについては考えがある。
「ノイアー大司教、王国内には私のように聖女の修行を積んだものの神託が降りなかった者が数多くおりましょう。彼女達を王宮に呼び寄せ祈りの力を合わせれば本職の聖女の代わりは務められると考えます」
「なるほど……」
ノイアー大司教は納得したように深く頷き、アルガノン陛下にこの意見についての可否を伺う。
「あいわかった。それでは聖女の代理についてはキーラ、そなたに一任しよう。ノイアー大司教は彼女と協力して国内の安寧を保つよう尽力せよ」
「承知いたしました」
「陛下のお言葉通りにいたします」
私は内心でほくそ笑む。
これで私は他の聖女候補達の上位に立つ事になった。
せいぜい彼女達を顎で使ってやろう。
ついでに次期聖女の神託が降りる前に私の前に立ちはだかりそうな有能な者も排除しておこう。
これで少なくとも次期聖女になるのは私で確定したようなものだ。
こうなるともう帰ってさえこなければシェリナが生きていようが死んでいようがどうでもいいや。
私は今の感情が表情に出ないように抑えるのに必死だった。




