戻らない日常
お待たせしました!
楽しんで頂ければ嬉しいです♪
四月二日~三日、深夜・警察署
完全に動転していた意識がようやく冷静さを取り戻したのは、日付が変わった深夜の警察署の中だった。
刑事さんに婦警さんが次々と優しく声を掛けてくれる。恐らく、五分に一回くらいは様子を見に来てくれていたと思う。
「受け答えが出来るか?」と不器用に笑う大柄な刑事さんに、俺はハッキリと「はい」と答える。
「よし。大学の新入生だってな。友達はできたか?」
「え?えぇ、と。中学の頃の同級生が二人、偶然同じ大学で」
「あー、現場にいた彼らの事だな?久々の再開だったんだろう?」
こんな感じで、事件に関係ない事ばかり聞かれた。
正直に言うと、拍子抜けだった。もっとこう、根掘り葉掘り事件の事を聞かれるものだと思って構えていたから。
「いったん休憩するか!腹も減ったしな。なんか食いたいモンあるか?できればハンバーガーとか牛丼って言ってくれるとおじさんは助かるがな」
強面な顔とは裏腹に、ざっくばらんな人柄が印象的だ。
なんとなく俺は、この刑事さん――神成刑事が好きになった。
神成刑事が買い物に出かけている間、様子を見に来てくれていた二人の刑事さんが入ってきた。
「や、心護くん」
「良かった。落ち着いてるわね」
と、二人は優しく笑いかけてくれた。
「神成さん、顔は怖いけど、いい人でしょう?」
神成刑事が戻ってくるまでの間、神成刑事の普段の様子や、失敗談を面白おかしく教えてくれたのだが、失敗談を話すのに熱が入った男性刑事は、戻ってきた神成刑事に気付くことなく話を進め、拳骨をもらう事になるのだった。
「ったく!オラ、とっとと持ち場に着け」
蜘蛛の子を散らす、と言う言葉の模範のような動きで、二人は部屋を後にする。
女性刑事は去り際にペロッと舌を出してウインクを投げる。
「オラ、ハンバーガーだ。食いながらで良い。続きを話そう」
ぶっきらぼうに渡された袋を受取り、ありがとうございます、と礼を言う。
「んで、ガッコーのセンセーはどうだ?優しそうか?厳しそうか?」
「まだ、二、三人くらいしか顔と名前が一致してないですけど、若い女の先生は優しそうだなと思いました」
神成刑事は大きく笑った。
「はっはっは!うん、年上に惹かれる時期ってのも、あるよな!わかるわかる!」
「いえ、あの、そういうのじゃ、無いです」
「そうか?まあいい。心護、お前……彼女は居るのか?」
本当に事件とは関係ない話題ばかりだ。
「あの、神成刑事。これは、事件の事情聴取、なんですよね?」
「そうだが?」
「さっきから、事件に全く関係がない質問ばかりじゃないですか?」
うーん、と考えながら、神成刑事が口を開く。
「わかった。それなら単刀直入に聞くぞ。事件前日のお前の行動からだ」
四月三日、夕刻・心護の部屋
『第一発見者、及び目撃者である少年の供述によりますと――』
ニュース番組で、コメンテーターが昨日の事件を取り上げている。
さすがに何をする気にもなれず、そのままテレビを垂れ流しにし、俺はベッドに身を委ねる。
コツン、と左手に何かがぶつかる。【DAO】と書かれたパッケージだ。
手に取ってはみたものの、溜息を一つ吐いて、枕元へ置く。
ふと目を横に向けると、スマホが光っている事に気が付き、メッセージ画面を開いた。
【新着メッセージ】
佐久間 心護 様
この度はVRゲーム、『ソード&スペルマジック・オンライン』(以下SSO)をご購入いただきまして、誠にありがとうございます。
本メールは、『SSO』アカウントを作った際にご登録いただきましたメールアドレスに送信しております。心当たりの無い方は、破棄・削除をお願い致します。
ゲームは楽しんで頂けておりますでしょうか?
より良いゲーム環境を作る為に、お客様へアンケートをお願いしております。
下記の五つの項目に回答いただきますと、ゲーム内で使える『経験値三倍ポーション×五』と『アバター・天使と悪魔の翼』をプレゼント致します。
一、次のうち、あなたが興味のある項目をチェックしてください。(複数可)
二、あなたが最初に選んだ職業と、その理由を教えてください。
三、あなたの年齢と、現在お住まいの地域をチェックしてください。(任意)
四、SSO購入時、『ドッペル・アライブ・オンライン』を受取りましたか?
五、あなたは『ドッペル・アライブ・オンライン』をプレイしますか?
送 信
「よくあるアンケートだな。今はいいや。今日はもう、何もしたくない」
そう一人ごちて、俺は目を閉じた。
四月四日、朝・リビング
「昼くらいまでもう一度事情聴取を受けてから大学に行く事になってる」
俺は母さんと優那に心配を掛けないように説明をして、朝食を摂る。
「まっすぐ帰っておいでよ?」
「わかったよ。じゃあ、行ってくる!優那も、気を付けて行くんだぞ」
「……ちょっと待って、お兄ちゃん」
優那が俺を引き止める。
「いい加減、ネクタイくらい自分で真っ直ぐ結びなさいよね!ホラ!さっさと行け!バカ兄貴!」
首が閉まるほどキツく絞められたかと思えば、しっかりと丁度いい位置に直してくれる。
家族の温かみを感じる瞬間だ。
玄関のドアを開けると、これでもかと言う程の眩しい光に一瞬目が眩む。
少し歩くと、道路脇に止まっていた車のドアが開かれ、中から神成刑事が出てきた。
「おう、おはようさん。今日もよろしくな」
俺はあんパンと牛乳をニヤケ顔の神成刑事に渡される。
「えーと、神成刑事。俺、実は朝食はしっかり食べるタイプの人間でして……」
「……ジェネレーション・ギャップってやつかあ」
少しガッカリしている神成刑事をよそに、後部座席に座っていたあの時の婦警さんに促され、俺は車に乗り込むのだった。
警察署・取調室
「改めて、よろしくな。あーそれと、前回は悪かったな」
神成刑事が俺に頭を下げる。
「いえ、そんな!あれは神成刑事のせいでは無いです」
俺はあの日、なぜ事件以外のことばかり聞くのか理解できずに、疑問をぶつけた。
だがそれはなんて事は無い。神成刑事の気遣いだったのだ。
具体的な話になった瞬間に、俺の動悸が激しくなり、鮮明に思い出すにつれて、俺は何度も嘔吐した。
そう。心的外傷となって現れてしまったのだ。
「それでも、だ。そうなる可能性があると分かっていながら俺は説明を放棄したんだ」
「それなら俺だって、気遣いを汲み取れなかったんです。すみませんでした」
若干照れくさいような感覚があった。
「はは。ま、そんなことより、今日はお前に会って欲しい人がいるんだ。今お連れするから、ちょっと待っててくれ」
会って欲しい人?一体誰だろうか。
五分程して、ガチャ、とドアが開かれる。神成刑事と一緒に一人の女性が入ってきた。
「こちらは、進藤亜季さん。亡くなった進藤彩音さんのお母様だ」
女性は深々としかし弱々しく会釈をして、口を開く。
「はじめまして、佐久間心護さん。今日はよろしくお願いします」
俺も慌てて挨拶を交わす。
「は、はじめまして、えーと、あの、こちらこそ……よろしく、お願いします」
神成刑事がパイプ椅子を持ち込み、ギシッと音を立てながら座る。
「さて、心護。亜季さんは今日、最後にお前が見た彩音さんを知りたいと、お前の口から聞きたいそうだ。お前自身もショックは大きかったと思うが、話せそうか?」
「大丈夫です」
一言それだけを言うと、俺は亜季さんを見つめて、目にした出来事を説明していった。
「おう。良く頑張ったな」
神成刑事が缶コーヒーを差し出す。俺はコーヒーを受取り、流し込む。
時間にしてたったの三十分、会話しただけ。なのにこれだけの疲労はやはり、会話の内容なのだろう。
「それにしても、VRゲームねぇ……」
「意外ですね、そこに興味を持つんですか?」
俺は素直に、そう質問した。
「いや、なんだ……まぁ、いいか。俺にもな、子供が二人いるんだ。上は丁度、お前と同い年で、下はお前の三個上のな」
「……?」
(上が同い年なのに、下が三個上?どういう事だ?)
「……死んだんだよ。もう五年も前にな」
「……っ!?」
俺の反応を見て、神成刑事は少し焦って
「あぁ、大丈夫だ。もう俺の中で整理もついているからな。ただ……」
「……ただ?」
「アイツが死ぬ直前に、随分とハマっていたゲームがあってな。それがVRゲームだったのさ」
少し、胸がざわついた気がした。
「神成刑事、そのゲームの名前、覚えてませんか?」
神成刑事が少し驚いたような顔をする。が、すぐに眉間に皺を寄せて「うーん」と考える。
「たしか、『二つの心が出会うとき』?いや、『交ざるとき』、だったか? おい心護、それがどうかしたのか?」
「……いえ。なんとなく気になっただけです」
神成刑事は少し首を傾げるが、手に持っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「まぁ、なんにせよ、今日はもう終わりだ。家か学校まで送ってやるぞ?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ちょっと風に当たりたい気分なので」
俺は神成刑事に会釈をし、「コーヒー、ごちそうさまでした」とお礼を言って警察署を後にする。
妙な胸騒ぎが、しばらく纏わりついて離れなかった。
四月四日、夜・心護の部屋
昼過ぎに学校へ行くと、治也が出迎えてくれた。
何でも、進藤彩音の件で、教師に呼ばれ、そこで俺の話も聞きたいと言われたらしい。
俺は「わかった、ちょっと行ってくるよ」と言って職員室を目指す。その時、後ろから治也が
「心護、今日帰ったら、SSOで待ってるわ」
と言って、手を挙げた。
俺も手を挙げ返し、短く「おう!」とだけ返事をした。
そんな訳で、俺は今、再びSSOの世界へとログインしている。
左手を前に翳してメインメニューを呼び出し、右手で『フレンド』をタッチする。
便利なもので、ログイン状況も分かるが、現在地まで表示してくれる。
俺を呼び出した張本人のスヴェンはどうやら、この街の程近くのマップで、素材集めをしているようだ。
初日にある程度レベルを上げていたおかげで、この辺りのモンスターはウィザード一人の俺でも狩れる。
目的地設定をスヴェン個人にして、移動を始める。
すると、近くでエルフの女の子が無数の猿に囲まれていた。
この猿、砂猿は、攻撃すると、近くの砂猿を引き寄せてしまうのだ。 一体の強さはそれほどでも無いが、始めたばかりの初心者がよく陥る『洗礼』のようなものだ。
『洗礼』とは言え、初心者を見過ごすのも後味が悪いので、助けてあげることにした。
「なあ君、助けが必要かい?」
少女のアバターがこちらを向いて
「あ、ああぁぁ!助けてくださぁい!!お願いしますぅ」
と必死に助けを求めてきた。
「オーケーだ!」
そう言って、まず俺は彼女にポーションを投げ渡す。
受取り損ねた彼女の頭の上で瓶が割れて、思いきり中身の液体を被る。
「ぁぅ……」
「あはは、手荒でごめんな。そのままじっとしていてくれ」
俺はそう言って、砂猿の注意を引きながら、魔力を集中させる。
序盤の獣系モンスターの弱点は火属性であることが多い。
そんな決まってもいない決まりの下に、範囲魔法【火炎障壁】を展開する。
「「ウギャアアァァアァ!!!!」」
「「グギャアアアァァア!!!!」」
と、断末魔を上げながら、鎮火と共に猿たちは消滅した。
「うん、こんなものかな」
本来攻撃用の魔法では無いのだが、広範囲で撃てる魔法が【火炎障壁】しかなかった為に使ってみたのだが、この辺りのモンスターなら一発で倒せるようだ。一匹一匹に【炎の矢】を使うよりは時間も魔力も少なく済む。
「あ、あのぅ」
少女が俺の顔を覗き込むように見つめる。
「助けてくれて、ありがとうございましたっ!」
「どういたしまして。この手のゲームは初めてかな?」
ペコペコと、何度も頭を下げる彼女を見て
(なんだろう、胸がときめく……。ハッ!!この子は、あれだ、インコに似てるんだ!)
などと思った。
「えぇと、そうなんです。チュートリアルで何回もやられちゃって、ようやく最初の街について……」
なるほど。
エルフやウィザードなどの職業は、基本的に物理攻撃に弱い。
HPも低いし、防御力も低い。序盤のソロプレイで、しかも慣れていないゲームならそれも頷ける。
「良かったら、俺とフレンドにならない?時間がある時にでも一緒に冒険しよう。レベルが上がって、慣れてくれば、先に進めるようになると思うよ」
「えっ?いいんですかぁ」
それを聞いた少女がぱあっ、と笑顔になる。
「もちろんだ。俺も始めたばかりで、フレンドも少ないからね。身内以外では、君が記念すべき一人目の『友達』だ。 俺はノイズ、よろしくな!」
俺は手を差し出す。
「わたしも!初めての……えと、『友達』、です! ノエルって言います。よろしくお願いします、ノイズさん」
首を傾げてニコッと笑う。
「俺はこれから身内と合流するんだけど、一緒に来るかい?」
と問いかけると、ノエルが返すよりも先に
「その必要はないぜ」
と、スヴェンがこちらに歩み寄っていた。
冒険の始まりです!