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DREAMER  作者: ツギハギ風船
事件ファイルNo.1「SCRAG(スカーグ)」
5/6

#5

幼いときから俺は絞首台が好きだった。

 正直人が死ぬことは嫌いだ。人が苦しむのも嫌いだ。だが大好きなマグラドを汚そうとする人間はもっと嫌いだった。だからこの街で許されざる罪を犯した人間が、中央広場の裏の絞首台で処刑されるのを見ると、胸のすくような重いがしたものだ。

 親父は母さんが亡くなったばかりのまだ小さい頃に、俺をこの公開処刑の場に連れて行った。誇りもない哀れな者の末路は、皆こうなるとでも教えたかったのだろう。普通に考えてみても子供相手に見せていい光景ではない。

 思えば親父の教えは独善的で厳しくて、そしていつも誰かを陥れ踏み越えるようなものばかりだった。唯一の理解者だった母さんを亡くしたのが堪えたんだろうか。けれど後に残された俺はその男にとってただの玩具、ストレス発散の捌け口でしかなかったから、もはやそんなことはどうでもよかった。

 自慢話しか能が無い奴しかいない学校や、親父による虐待まがいの教育に疲れたとき、俺はよく誰もいない処刑場に忍び込み、広間の鐘が鳴るまで絞首台をじっと見つめていた。

 俺は殺される者になんかに興味はなかった。何をしようがここに連れられた人間は等しく、処刑されて当然な屑ばかりだからだ。そんなものに興味を覚えても意味は無い。

 そう。後悔処刑を始めて見たときからずっと今まで、俺は殺す方に憧れを抱いていたのだ。

 何の変哲も無い、少し太い縄のわっか。それは人間でなく、生き物ですらない。

 それが慈悲なく正確に、いくつもの墜ちた人間の魂を地獄へと連れてっていく。

 それは正に俺にとっての英雄だった。俺はその雄志を、処刑が終わり誰もいなくなった後に静かに佇むその姿を、刑執行のたびに写真に収めていた。

 それを後に見返して、俺だけが人知れない英雄を理解しているのだと実感するために。

 


 そんな風にして過ごしていたある日。数年前からの事業に失敗した親父はその日特に辛く俺に当たった。今までに何度も殺されるかもしれないと思った時はあったが、刃物を取り出してきて切りつけられたのは初めてだった。

 正直俺は事業が失敗してほっとしていた。何せ無垢な人々を騙して破滅に導くようなものだ。公然とそんなことが行える様な自体にならなくて本当によかった。

 それはそれとして、その時俺は本当に生と死の境目にあった。下手すれば恐らく殺されていたかもしれないその自体が、俺にははまるで疲れたときに見る支離滅裂な夢のように現実味が無く思えてしまったせいで、俺はそんな様子の親父を白けた目で見ていた。

 その様が更に気に触ったのだろう。俺に馬乗りになった親父はナイフを高く振り上げた。

 ふと、その時俺は絞首台の夢を見た。

 こういう人間を殺すのが、あいつの仕事なのだろうと。

 気が付くと、俺はその実非力な親父を背中から生えてきた太縄で軽くなぎ倒し、その首を強く握りしめていた。握りすぎて、ぼきりという音が響くと親父の頭がゆらゆらと揺れた。それは舌を出しておどけるピエロのように見えて、とても滑稽だった。

 俺は始めて人を殺した。

 それに後悔も何もなかった。親だったからこそわかった。血が繋がっていたからこそわかった。この男は生きていればずっと、俺だけでなく他の誰にでも憎しみを向け苦しみを与えて続けていただろう。このマグラドに鎮座して。

 許せないとか殺してやるとか、そんな感情はなかった。この男はこの街の害虫だ。害虫自体に興味など示す筈もなく、それらはただ殺すだけの存在だ。

 そう。俺はあの絞首台のように、この街を侵す屑どもをただ無慈悲に屠る存在になったのだと知った。

 その日から俺は闇に溶ける服を着て、影からマグラドの害虫を駆除する作業に入った。

 それまでは何も面白みの無い人生だったが、そこにはやりがいも生き甲斐もあった。生まれ変わった人生を謳歌するため、俺は昔の名を捨てスカーグ(首を絞めるもの)と名乗ることに決めたのだった。

 VACでは、法では裁けない悪。この街に蔓延るそれらを裁くために、きっと俺はこの力を夢見たのだ。

 けれど俺のこの力が。

 あの男に。

 スカーグはグライドという探偵のことを思い出していた。 今まで吊してきた奴らとは訳が違う。調べにより奴が元VACであるのは知っていたが、自分を野放しにする組織など恐るに足りない存在だと俺は思っていた。

 自分を探る元VACの人間が襲われたとなれば、よりこの街に蔓延る害虫どもへの牽制になると。

 しかし結果は無残なものだ。あの少女が乱入してこなければ、俺はそのまま探偵に取り押さえられていたかもしれない。

 そしてVACに送られ一生実験対象として拘束されるか、無理矢理眠らされて夢を全て忘れさせられるところだったのだ。

 屈辱だった。やられてしまいそうになったことがでは無い。俺にとっての英雄を、この素晴らしい力を嘲られた様に思えたことが我慢ならなかった。

 始めて人を殺したいと思った。害虫を吊すのとは訳が違う。親父を殺したあの日ですら違う。

 屈服させてやりたい。あの男に、この絞力を思い知らせてやりたい。

 この手で。

 きりきりと、あの男の首を絞めたい。

 それは俺が今まで生きている中で、一番に心を躍らせた感情だった。



 霧の夜。怪都マグラドは不気味なほどの静寂に包まれていた。

 濃い霧におぼろげに映し出されるのは街灯、そして民家の明かりたち。それらは霧の中で今にもかき消えてしまいそうなほど、弱々しく揺らめいていた。

 霧はまるで生き物のように流動し、何処へと向かって流れていく。その流れの果てにあるのは、果たしてこの現実であるのだろうか。

 人一人、いや生き物一匹として、その街の通りや広場を往く者は居ないように見えた。

 しかしいつだって、そんな夜にも例外はある。

 今日の夜は、霧を避けるようにして夜道を静かに駆ける黒髪の女性が一人いた。

 その女性は髪を無造作に長く伸ばし、いかにも外見に気を使ってなさそうな地味な服を着ていた。どこかに急いでいるのか、走り続けて若干息が上がっている。

「待て、貴様……」

 そうして夜道を走るものに声をかける黒服の男がいた。

 スカーグだ。

「知っている。知っている。俺はお前を、知っていル……イライザ・ベルモンド、だったカ? 害虫、めガ……」

 そう告げるスカーグの言葉はとてもたどたどしく、犯罪者を睨むその目は血走り足下はおぼつかない。それは明らかに錯乱した状態であった。

 しかしそんな状態でも彼は自分の夢を覚えていた。

 いや、寧ろそれしか夢想できなくなっていた。

 彼を見た女性は通りの壁を背にして立ちすくんだ。恐怖からか足下が震え、へなへなとその場に座り込む。

「死ネ」

 スカーグは容赦なく目の前の女性を、背中の触手で絞め殺そうと攻撃した。

 その時だった。

「がッ!」

 スカーグは背中に衝撃を感じ、大きくよろめいた。

「まんまとおびき寄せられたな」

 スカーグは衝撃のした方を仰ぎ見る。そこには忌々しいあの探偵の男が、仁王立ちになってこちらを見据えていた。 そしてその側には、前に邂逅したときにちらりと視界に端に見えた、宙に浮く少女が憑き従っている。

「グライド……! グライド・バーシルゥ……!」

 スカーグはその名を憎々しげに呟いた。

 こいつだ、こいつこそ今俺に吊されるべき男なんだ。

「コニー、後は任せろ」

 それを聞いた黒髪の女性は大きく頷き立ち上がった。

 そして顔の前で手を大きく振り、カツラと化粧を一息で取り払う。その下には悪戯っ子のような笑みを浮かべる、端正な少女の顔があった。

 その女性の正体はコニーだった。アマレットに変装のやり方を伝授された彼女は、クロウスを通じてまだ捕まったばかりで報道されていない犯罪者の女性を演じたのだ。

「前の時から三日も経っていないが……」

 騙された衝撃で放心しているスカーグにグライドは捲し立てる。

「随分と余裕みたいじゃねえか。ええ? スカーグよお」

 この場を去るコニーを尻目に、スカーグはゆっくりと仇の方へと方向を向けた。

 俺を嵌めやがったのか。

「吊す、吊す吊すつるスツルス……」

 寧ろ好都合だ。ここで終わらしてやる。

 マグラドの霧とは別に、スカーグの周りに黒い靄のようなものが漂い始めた。それは彼を覆い、そして際限なく肥大していく。

「キサマヲ、ツルシテヤルウウウッ!」

 スカーグは悪夢に捕らわれ、とうとう怪人化した。

 体型は一回りも二回りも大きくなり、最早人間の骨格では無い異形のそれとなった。顔は二つの角のある仮面のようなものに覆われ、背中の触手は彼を覆うほどに肥大化していた。

 スカーグは貌のない仮面をグライド達の方に向けた。首にかかった絞首台の縄が、ゆらゆらと揺れている。

「ああ。それでいい。全部吐き出せ」

 その一部始終をグライドは見ていた。その視線は彼に同情しているかの様に、どこか寂しげだった。

「覚悟するんだな。今からお前の目を一から覚ましてやるからよ」

 だがもう既に、彼の目は決意を抱いた目になっていた。

「行くぞ、アノン!」

「うん!」

 アノンはグライドの肩に手を回す。グライドは左手の手袋を外し後に放り投げた。

 所々が炭のように黒く煤けた左腕が露わになる。グライドはその左腕に力を込め始めた。

 黒く重い炎が左腕から巻き上がり、彼の左腕を覆い始めた。同時にその炎に焼かれているかのように煤けた部分が広がっていく。十秒もしないうちに、黒い炎はグライドの背丈ほどに勢いを増していた。

 アノンもその炎に呼応するかのようにパチパチと光を放ち始め、それは稲妻の瞬きにも似ていた。グライドの力を共有し、それを暴走しないように制御するのが彼女の役割だった。

 彼女と繋がりが強くなったためか、グライドの髪も彼女と同じ光の瞬きを帯び始める。


 普段のグライドはドリーマーでは無い。彼は問題なく眠ることが出来るからだ。

 だがグライドの左手には不可思議な力があった。

 ドリーマーを記憶を持ったまま人間へと戻す力が。


「ナンダ……ソノ、ホノオハ……」

 スカーグはその炎への怯えを隠せなかった。

 それは本能的な恐怖。その炎は、霧を晴らし俺の夢を全て無くしてしまう。終わらせてしまう。

 グライドは黒煙を上げる左腕を掲げた。

 そして人さし指が天を指し、それがゆっくりとスカーグの方へ向けられた。

 お前を取り戻すと。

「ソンナモノヲ、オレニミセルナアアアッ!」

 スカーグは絶叫しながら、三本に増えた背中の巨大な触手をグライドに突き出した。

 グライドは左腕の拳を握り力を溜める。黒炎がそれに呼応して更に激しく燃え上がった。

 そして触手がグライドを完膚なきまでに押し潰さんと彼の目と鼻の先に迫ったその瞬間、グライドは左腕を薙ぎ払った。

「おらぁッ!」

 黒煙が盾となり触手を弾き飛ばした。一瞬で燃え尽き灰となった触手の表皮が、ぱらぱらと宙を舞う。

「バカナ……バカナバカナアッ!」

 スカーグは触手を使って壁から壁へ飛び回りつつ、四方八方からグライドに触手を叩きつけた。しかしグライドは最小限の動きでそれを全ていなしていった。

 そして左腕の黒炎に触れるたびに、スカーグの触手が燃えて崩れていく。既にその太さはドリーマーの時と大差なくなってしまっていた。

「クッ!」 

 スカーグが体勢を立て直すために後方に退こうとした時だった。その動きが不自然に途中で止まる。

 見ると触手の一本が、グライドの両手に掴まれていた。左腕の黒煙が触手を通じてスカーグを焼く。

 熱い、熱い熱い!

「ハナセェ!」

 スカーグはその炎の熱さに耐えきれず、残る二本の触手でグライドを打ち付けようとする。その前にグライドは力を入れてスカーグを思い切り振り回した。怪人化したスカーグは相当な重さになっていた筈だが、ドリーマー化した彼はそれをまるで意に介さない。

「ふん!」

 そしてグライドはそのままの勢いで、スカーグを地面へと叩きつけた。

「ガッ……」

 顔の方からバキッと何かが割れるような音が響く。それが自分の顔を覆う仮面の割れる音ということにスカーグは一瞬気を取られたが、直ぐに我に返りグライドの方を見上げる。

 そこには、既に左拳を打ち込む構えを取ったグライドが自分の方へと飛び込んできていた。スカーグは防御の構えを取ろうとするが、時既に遅し。

 グライドの渾身の一撃が、仮面を通じてスカーグの頬を打った。

 それまでだった。もうそれで終わりだった。

 一人の少年の悪夢は。

「アアアあああ……」

 拳の衝撃で吹き飛ばされながら、スカーグは想った。

 終わる。終わってしまう。

 俺の夢が、終わってしまう。

 砕けた仮面が宙を舞う。夢の絞首縄は塵と消えていき、急速に身体はただの人間へと戻っていく。

 人間からドリーマー、そして怪人へと至った少年は最後は普通の人間へと還り地面に倒れ伏した。



「終わったぞアノン。アノン!」

 グライドは黒炎を抑え左腕にまた長手袋をはめつつ、未だに首にしがみついているアノンに呼びかけた。

「ッ、はあっ!」

 グライドの呼びかけにようやくアノンは我に返った。

「大丈夫か、アノン」

 荒い息をあげる彼女にグライドは声をかける。左腕の解放は彼女なしではそう簡単に出来るものでなかったが、こうして少しの時間の解放だけでも彼女に大きな負担をかけてしまうのだった。

「う、うん……私は大丈夫。それよりスカーグは?」

 グライドは倒れ伏したスカーグの方へ顎を向けた。それを見たアノンは安堵のため息とともに、緊張が解けたのかにへらと笑いを浮かべた。

「今回もよく頑張ったな」

「当然!」 

 アノンの息はまだ上がっていたが、にっと満面の笑いを作りピースサインをグライドの方に向けた。

「先生!」

 通りの影から事の一部始終を見ていたコニーが、グライド達の方へと駆け寄ってきた。

「終わったんですか」

「ああ。奴のドリーマーの能力はもう失われているはずだ」

 落ち着いた三人は、大の字になって仰向けに倒れているスカーグの方へと近づいた。

 そしてグライドはしゃがんでスカージの顔を見据えた。

 コニーはその光景を覚えている。それは自分が自分を乗り越えるために、彼女の父と向かい合ったその時と全く一緒だった。

「辛いか」

「……」

 夢の喪失からまだ立ち直れないスカーグにグライドは声をかける。

「お前はただの人間に戻った。ドリーマーの記憶を残したまま、な」

「罰か」

 ぽつりとスカーグは呟いた。そこには今まで彼を動かし続けていた夢想も激情も残っていない。

「ああそうだ。お前はドリーマーの記憶と共に生きていくんだ。お前は過ちを犯したが、まだやりなおせる」

 まだ生きていける。

 ああそうだ。やっとわかった。

 絞首台への羨望は、死神の甘い誘いだった。

 それはいずれ必ず自分を破滅へと導くものだった。

 全てを失ってから初めて、少年は理解することが出来たのだ。

「俺はまだ死にたくない。どんなに惨めでも苦しくても、生きていたい」

 父が俺を殺そうとしたあの日。あの夢を抱いた夜の本当の願いに気づいたスカーグは、自分の頬に何かが伝うのを感じた。頬のほうに手を向け、それを拭って確かめる。

 それは物心ついたときから初めて流す、涙だった。

「安心しろ。もうお前は間違えない。その罪と向き合いながら、お前はこの街で生きていけるさ」


 コニーとアノンは、静かに涙を流すスカーグとそれを見守るグライドをじっと見つめていた。

 マグラドの朝日が、街の霧を晴らし始めるその時まで。



/0X/



グライド・バーシルは今日も事務所で仕事机の椅子に座り、窓からマグラドの街の通りを行く人々を見下ろしていた。 

 今は昼時。中央広場に続く通りは多くの人たちで最も賑わう時間帯だった。

 スカージの事件から一週間ほど経ったこの日。三人は何時ものように、事務所で個々に時間を潰していた。

 グライドが今日は何するかとぼんやり思案していると、事務所の扉を叩く音が響いた。

「どうぞー! あいてますよー!」

 コニーは外の来訪者に呼びかける。グライドは姿勢を正し、アノンはタンスの上のいつもの場所から扉の方を興味深そうに覗いた。

「やあ、元気かい」

 扉を開けて入ってきたのは、クラウスだった。コニーはさっそくコーヒーの用意を始める。

「わかってるとは思うが、今回はスカージ事件の事後報告に来たんだ」

 クロウスは何時もの応接の椅子に腰かけて落ち着いた。

「お手柄だったな。報酬はいつものところに預けておいたよ」

「何時もすんません。助かります」

「何を言うんだい、今回も間違いなく君の手柄だよ。こっちも好きに動けない状況だったから、感謝するのはこっちの方さ」

 クロウスはさも嬉しそうに言葉を続ける。

「レオ君も僕に電話してくれたよ。今回も感謝するとあいつに伝えてくれってね」

 グライドはそれを聞くと真面目に作っていた顔を少し崩した。だがまあ、どんな相手でも感謝されるのは悪い気持ちではなかった。

「大方予測できていると思うが、更生のためスカーグは少年院に送られた。ドリーマーでなくなったとはいえ、殺した数が数だからね。当分の間は大人しくしなくてはならないようだ」

 グライドはあの戦いの後、VACに静かに連れていかれた少年のことを思った。

「よろしく頼みます。もし面会できるようになったら、俺もあいつの様子を見に行ってやってもいいですか?」

「ああ。それは是非とも願いたい。あの子もこちらの質問に素直に答えてくれているし、反省の念も醜聞に見せている。こちらも彼の償いの時間が少しでも短くなるよう努力するよ」

 グライドは立ち上がって恩師に深く礼をした。

「ねえ、グライド。どうしてあの子にそんなに深く思い入れしてたの? おせっかい?」

「スカージを親身に思うきっかけか何かがあったんですか?」

 コニーはアノンの意を察して彼女の言葉を継いだ。

 二人の愛弟子の問いかけにグライドは照れ隠しのように頬をかいて答える。

「何だかな。放っておけなかったんだよ。あいつ昔の俺みたいでな」

「何それぇ」

 アノンはグライドのその言葉がおかしくてたまらないと言いたげに、ケタケタ笑いながら空中をくるくると回りながら漂う。

「お前らしいな」

 クロウスは静かに笑って、友人の性根が変わっていないことを喜んだ。

「流石先生ですね」

 コニーは本心でそう思いつつも、どこか含みのある笑みを浮かべて心から尊敬する相手に向けた。

「全く……」

 グライドは三人の反応に呆れた様子を見せつつも、内心はそれほど悪いようには思っていなかった。

「そういえば、そろそろマグラドにサーカス団が訪れるのは知っているかい?」

「ああ、ボク知ってます。最近世界中で有名な興行団だとか」

「何それ! 面白そう!」

 そうして二人と一人が楽しげに世間話を始める中、グライドはふと彼らから視線を外して事務所の窓から空を見た。

 マギー、見てるか。今日のマグラドはいい青空だ。

 不器用な俺でも、間違っちまう俺でも、皆がいるからこの街を守っていけている。

 だからよ。安心していてくれ。

 マグラドの昼の時刻を知らせる鐘の音が、街中に響き始めていた。

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