#3
捜査開始から三日後のこと。
アノンとコニーのコンビは成果を出せずにいた。
初日は凝り性なコニーが徹底的にドリーマーのことを調べようとしたことで終わり、次の日と今日にかけては聞き込みを始める。しかし、悪人を首吊りしてまわるドリーマーなど聞くにも聞きづらい話題だった。ならば噂や情報を集めようと思うも、それが集まる場所をコニーとアノンは知らない。
結果二人はこの二日間ほど、この流行と様相の移り変わりの激しいマグラドの街を半ば観光の気分で巡っていた。
そうして今、マグラドの大広場に辿り着いた二人は人混みを避けるように広場の壁沿いに佇んでいた。
「どうしたものかな……」
花壇の縁に寄りかかりつつコニーは悩んでいた。それはまるで映画の一シーンやファッション誌の一面のように、見栄えが良かった。そうして今も近くを通りがかった少女が一人、物憂げに佇む彼女を見て淡い恋心を抱き始めたばかりだ。
「難しいもんだね~」
アノンはやれやれと言いたげに両手を広げつつ、近くにあった石像の頭に座る。普通の人に見えないのは色々と考えるところがあるだろうけど、それでも見える自分にとっては自由に飛び回って生きるアノンが羨ましいと、その様を見たコニーは思った。
「そもそもの話グライドが悪いのよ。事務所の危機。マグラドに潜む危険。なのにあたしたちは楽しく健やかにマグラド巡りをしてるって話」
ここのところコニーから、捜査のことを忘れてるかなと思われるくらいにしゃいでいたアノンは言う。
「あのバカ。なんで事件の資料をあたしたちに渡さないのよ。あれがないとなーんもしようが無いでしょ」
「当たり前だろアノンさん。現場は危険な場所が多いんだから、ボク達が行っても足手まといになるだけだよ」
アノンの様子を見て、あ。まずいなこれと思いつつコニーは彼女をフォローする。
「それでもさぁ! これってとどのつまり対処に困るからただ放っといてるだけじゃない!」
しかしもう遅かった。既にアノンの気まぐれな怒りは派手に沸騰して噴火し始めている。
「だいたいいつもそう! 一人で勝手に背負って、自分ばっかり傷つく! 少しは他の人を頼りなよ、本当に見てらんない!」
石像の頭を蹴って飛び、アノンは手脚をジタバタさせて全身で今の感情を表現する。
「何が、お前がやりたいようにやってみろ~よ! 自由にするにもやり方わからないんじゃ何もできないっての!」
意外と上手いグライドの物マネをしつつ、アノンはぷりぷりと怒りを露わにする。彼女はその実本気で起こっているのだろう、だがくるくるひらりと飛び回るその様子は、どこかコミカルで可愛らしかった。
コニーはまあまあと周囲に気を配りつつアノンを宥め、けれど彼女の言い分も正しいとも考えていた。
先生は、グライドさんは基本的にぶっきらぼうで不器用な大人だ。ボクから見てもあの人は生き方下手な方だと思ってしまう。
けれど愚直なほどに、偽りの無い誠実さと揺がない信念がその裏にはあるのだ。それこそがグライドさん自身と回りとの繋がりを作っていき、この街で生きていくことに繋がっていった筈なのだ。
あの人がボクを危険な目に合わせたがらないのは、自分がまだ見寄りのない一人の子供だからなんだろう。責任感の強いあの人のことだ。先生が原因で無いとはいえ、あの事件でボクの最後の肉親を看取り、その結果ボクの身を預かることとなったのは、相当の気負いをさせることになったに違いない。
いや、それだけゃない。ボクはそのことを考えまいと無意識に逃げていたんだ。こうして今の自分の状況を考えるとはっきりと解ってしまう。
あの人の信頼がまだ足りないからだ。ここに来てからまだ半年と経ってないけれど、ボクは未だにここの仕事においての自分の意義を、先生の役に立てたということを実感できていない。
そう。コニーはここ最近自分のグライドにとっての意義と言う意味で、焦りを感じ始めていた。
ガラン!ガラン!ガラン!
大広間の時計塔から街中へと届く鐘の音が響き、コニーは我に返った。
それは毎日朝、昼、夜を知らせる鐘の音で、今のそれは夜になったことを告げるものであった。マグラドの殆どの住人は、この鐘の音によって一日の行動にメリハリをつけているのだ。言い方を変えれば、その音に街の住民は操られているとも。
コニーとアノンの二人は時計塔を見上げた。二人の周囲にいた人達も揃って時計塔を見上げている。
大広間にいる人々の好奇の視線の先。時計塔の中腹には、古めかしい大きな扉があった。
そして今、その扉がゆっくりと開かれていく。
扉の中は劇場の舞台のような空間が広がっており、洒落た装飾が所狭しに詰め込まれている。
するとその舞台に一つ、二つと人形達が現れ始めた。
彼らは大がかりな動きとその奇妙な外見によって、物語を紡いでいく。
その人形達は所謂オートマトンと呼ばれるもので、殆どはわざとらしい動きで役を演じているが、時折劇の中心人物などが胸を打つほどの生き生きとした動きを見せることもあった。
こうやって朝昼晩で、短い劇がそれぞれ展開される。人形の外見は様々なものがあり、そしてその劇自体も同じものが無いと言われるほどに様々な種類があった。日によっては、三回が連続した物語である時もある。
そうした人形達の劇もあって、このからくり仕掛けの時計塔はこの街の象徴でもあり、これを見るために遠方からはるばる来るものも多かった。
しかし街が生まれた頃から存在するこの塔は、その周知ぶりに反してその実態や構造を知るものは、現在誰一人としていないと言われている。
何せ、その塔には出入り口も窓も一切存在しないのだ。過去に何人もの無粋な輩が時計塔の壁を壊して中に入ろうとしたが、いずれも当日に器具が壊れる等して失敗するか、突如して本人が失踪するなど不可解な結末に終わっている。 今ではこの塔を深く知るものには不幸が訪れるという噂を、この街に住む上で知らない者はいない。こうしてこの大広間の時計塔は、夜の幻霧、無限の下水道と並んでマグラドの大いなる謎の一つに数えられていた。
アノンとコニーは、そのカラクリ人形達が織りなす小さな物語をじっと見つめていた。
そうして最後の人形が一礼とともに扉の奥へと消えると、いつの間にか鐘の音も鳴り止んでいた。二人の周辺の人々は一人一人家路やお気に入りのパブへと向かってき、どこの店も店じまいを始めている。マグラドの住人にとって、夜は建物の中で大人しく過ごす時間だった。
「終わっちゃったね。今日のマグラド」
アノンは呟いた。
二人は少しの間無言で佇んでいたが、そのうちコニーがほうとため息をついた。
「そうだね。遅くなってグライドさんを心配させたくないし、今日はそろそろ事務所に戻るかな……」
コニーが諦めたように言う。
「そうね。暗くなると怖いし、早く帰って何も話そうとしないグライドをとっちめて……」
アノンがグライドにまた不満を漏らそうとした時だった。 急にアノンから表情が消えると、その目を見開いた。
「アノンさん?」
「ちょっと待って」
たじろぐコニーを尻目に、アノンはまるで天敵を嗅ぎつけた小動物のように忙しげに辺りを見渡す。その間、彼女の天使の輪のようなくせ毛が、ぴょんぴょんと忙しげに跳ね回った。
そしてぴくりと首の動きを止めた。
「こっち!」
びゅんとアノンが宙を舞った。
「あ、アノンさん!?」
コニーは慌てて彼女の後を追った。通りを歩く人々の上を飛んでいくアノンに対し、コニーは小柄な体型を生かして必死に人の合間合間を縫って進んでいく。
そうして進んでいくと人々は消えていき、後にはもう暗くなり始めた街中を二人は駆けていた。
アノンは時折動きを止めて辺りを見渡していたが、ある通りの前に辿り着くと動きを止めた。
「ここだ……」
「アノンさん。ど、どうしたの……」
アノンは振り返るとそこには息も絶え絶えなコニーがいた。それを見て思わずあ!とアノンは口を押さえた。そして心配そうに彼女の肩を抱く。
「ごめん。急にごめんね、コニー君。けどあれ……」
アノンは通りを指さした。恐らくそこはグライドから不用意に一人で近づくなといつも釘を刺されている、裏通りと呼ばれるその場所だった。
コニーが見ると、そこには二人の人影があった。
地面にうっすらと赤い筋が伸びているのに彼女は気がついた。
アノンはコニーに告げた。
「あれ、グライドじゃない?」
何だ……?
夕暮れ時、グライドは全ての事件現場を見終わり、考えをまとめるためぶらぶらと街を巡っていた時だった。
その違和感は人混みの中でも消えなかった。それは誰かが自分をずっと見続けているような、そんな感覚。
グライドは手袋をつけた左手の拳を握りしめた。こうして左腕を隠すようになってから随分と経つ。前からグライドは勘の良い方だったが、ここ最近は自分でも少し違和感を覚えるほどにそれは冴えていた。
誰かがオレを尾けている。回りを見渡して相手を確認しようとも考えたが、下手に警戒されて逃げられたら事だった。 それなら上等だ。気のせいならそれに越したことはないが、逆にこれはチャンスでもある。
グライドは違和感に感づいてから数十分、なんの気もなしな様子で街を巡った。ストリートパレードをぼんやりと眺めたり、出店のいつものバアちゃんと楽しげに話し込んだり。しかしその間もずっと、違和感は消えなかった。どうやら表で派手にやり合うつもりはないらしい。
有り難い、なら望み通り裏に行ってやる。グライドは裏通りへと足を向けた。彼が進んで行くにつれ辺りの様子は物々しくなっていく。
気がつくと周囲の景色は、以前レオと話したあの犯行現場のように、殺伐とした狭くて暗い通り道となっていた。あの場所と同じ、どんな事が起きても周囲に助けが呼べないような危険な状況だ。
もう後ろを見なくてもグライドは解っていた。足音を消しているが、オレの後をついてきている奴がいる。
何故それが解るのか、それは先程からグライドの左腕は微かに疼き始めていたからだ。それはどこか嬉しそうに身震いしているようにも見えた。
グライドは頭ではこの感覚をあまり好ましく思っていなかった。そう、理性のある内では。
エモノダ。ハヤクタノシモウゼ。それは囁くようでいて、無常の快感に導いてくれるような、そんな甘い響きに似ている。
オイ、ワカッテイルンダロ。ムシデキナイクセニ。
黙れ、引っ込んでろ。
タガを外すともうそれまでだった。この呪いにも似た力を完全にどうにかするその時まで、そんなことは絶対にオレは許さない。
オレはもうお前に身を任せるほど自暴自棄じゃない。オレにはまた、守るものがいる。安心させなくちゃいけない奴らがいる。グライドはそう自分に言い聞かせ、腕の位置を直すように左肩を右手で前後に押し引きした。
そうして少し、気が飛んでしまっていた。
グライドはハッと我に返った。そして後ろを振り向く。 そこには既に誰も居なかった。
上か!
グライドは咄嗟に前方に転がり込んだ。
バシィン!!
何かを激しく叩きつけるような音が辺りに響いた。
彼はそのまま受け身を取り振り向いたが、背中に鋭い痛みを感じていた。
「くっ……」
どうやら背中を少しやられたようだ。鈍ってやがるな。
しかしそれを確認する余裕はなかった。
先程グライドの居た地面が大きくヘコみ、崩れている。
その上に何者かがゆらりと立っていた。
黒の帽子に、黒のコート。黒ずくめのその男は、その風貌と光の殆ど差さない裏路地で認識しずらかったが、想像していたより年若いように見えた。
「外した……只の薄汚いおっさんにしか見えないが、どうして想像以上にできるみたいだ」
「てめえ……」
いや、それはある意味想像できていた事かもしれない。
あんな事件を急に起こすのは突然吹っ切れてしまった狂人か、純粋なままであり続けようとする子供だけだと。
「お前、最近俺の回りを嗅ぎ回っている男だな……知っているぞ」
黒コートの男はさも楽しげに、口の端を吊り上げてケタケタ笑う。それは何処か心が壊れてしまったかのような笑い方だった。
「グライド・バーシル。このマグラドの街で、只唯一の探偵業を営む変わった男だ」
「そりゃどうも。だったら今後とも贔屓にしてくれ。格安で相談受けるのも考えてやるからよ」
グライドは軽口を挟みつつ様子を伺う。
「……お前か。つるし上げ事件の犯人は」
「そうだと言ったら?」
不敵に男は答える。
グライドは目の前の男を見据えた。一定以上の距離を取りつつ、その外見から得られる情報を必死に探した。
年はコニーより一回り大きいくらいだ。グライドにとってはまだ子供に思える容姿だったが、大人に近くなり感受性の高まった年頃なのだろう。トラウマか何かがきっかけとなってドリーマーの能力を開花させたことは十分にありうる。
そう、その男は恐らくドリーマーなのだが……今の外見上だと普通の人間と大差ないので、それとはっきり明言が出来なかった。
何かを隠しているのは明白だ。瞬時に地面を砕く様な力が一般人に在るはずが無い。
「お前は一体何モンだ?」
グライドの直球な疑問を聞いた男は笑い出した。おかしくてたまらないとでも言いたげに、腹を抱えて大げさに笑う。
「俺は何者? 何者だろうね? あはははは! いやわかってる。わかっているさそんなことは!」
ひとしきり笑ったと思うと、急に苛立たしげに男は叫んだ。男から表情が消え、グライドを睨み付ける。
その瞳には暗い情念が渦巻いている様に見える。グライドはその瞳を昔どこかで見たように感じたが、今の状況では思い出せそうにも無かった。
「俺の名はスカーグ……この街を汚そうとする害獣どもを吊す使命と資格を手に入れた……ドリーマーだよ」
おそらくそれは本名では無いのだろう。新しくなった自分の存在を示威するために、新しい名を名乗るドリーマーは少なくなかった。
それは犯罪を犯すドリーマーだってそうだ。わざわざ犯罪を犯す際に自分の存在を誇示して、力と自信を周囲に見せつける厄介な変わり者は今では珍しくないのだ。
「邪魔をするなら貴様も吊してやる」
スカーグと名乗る男はグライドにそう告げた。
「は。そんなに気取った自己紹介が出来るとは、随分と余裕があるじゃねえか」
グライドも自分に余裕があるように見せていたが、負傷した上に的の能力も解らないという状況に少し焦りを感じていた。
それに加えて、今はアノンもいない。
恐らく近づくとまずい。彼は先に飛び退いた際に背中に傷を負っただけで無く、コートの端の一部分も衝撃で消し飛ばされたのがのがわかっていた。
相手の能力は何だ?ガイシャの特徴から考えるも、解っていたのはスカーグが望む場所に強い衝撃を与えることだけだった。
先程転がり込んだとき、何かが思い切り叩きつけられたような音が響いていた。ならあいつは何かを介して衝撃を伝えているのか?
駄目だ、焦ってばかりで考えが纏まらねぇ。
なら、どうする?
彼は少し目を伏せ、深呼吸をして心を落ち着かせた。
簡単なことだ。グライドは覚悟を決め、正面の相手を視線で押さえつけるかのように見据えた。
いつも通り先手必勝。こちらから仕掛けるのみ。
半腰だったグライドは立ち上がった。腰に手を当てるようにポケットに手を入れ、足を開いてしっかりと大地を踏む。
スカーグはそのままグライドの様子を観察していたが、彼が仁王立ちをすると少し気圧されたようにたじろいだ。
そしてゆっくりとした動作でグライドは懐に手を入れると、拳銃を取り出した。それはVACの頃から長年愛用している、無機物の相棒だった。
銃口をスカーグの方へと向ける。
「無駄なことを……」
自分でも知らずにグライドの様子を楽しげに観察していたスカーグは、彼が拳銃を取り出しこちらに向けたことに関して失望を覚えていた。
スカーグはついこの前の餌食にした男のことを思い出す。少しはやる奴かと思ったが、所詮こいつもモノ頼みで力を示すつまらない男に違いない。
グライドの指が微かに動く。
飽きた。失せろ。
スカーグは目を見開き、銃を手ごと薙ぎ払った。
……薙ぎ払った、筈だった。
何も当たった感覚が無い。触手が空しく空を切る音だけが空に響く。
見ると直ぐそこにいたはずの探偵の姿が見えなかった。「ッ!?」
スカーグはようやく、グライドが姿勢を低くしてこちらに突撃して来ていることに気が付いた。
スカーグは二本目の触手を呼び出し、目の前に迫る男を迎撃せんとそれを勢いよく刺し伸ばした。
すかさず、グライドは走りながら拳銃を持った右手で大きく目の前を払う。バシン!という大きな音と共に、二本目の触手が逆手に持ち直された拳銃の固いグリップに弾かれた。
初めから、その拳銃には弾丸など入っていなかった。
あくまでもメインは脅し。弾を込めて打つのはその場での判断次第。
そしてそれがグライドに武器として使われる時は、主にこうして本体で殴打することだった。
スカーグの懐に近づいたグライドは拳銃を脇に捨てると直ぐさま基本の構えを取った。開いた左手を前に突き出し、拳を固めた右手を腰に構え、左足は杭を打つように思い切り地面を踏む。その動きは瞬きする間も許さず、戦闘を能力に頼りきりだったスカーグはグライドの動きに全く対応できなかった。
そして体重を乗せた重い拳が、ひねりを加えられてスカーグの腹部に容赦なくたたき込まれた。
スカーグは激痛のあまり大きく口を開けたが、そこから叫び声を上げることは出来なかった。その拳の衝撃があまりにも大きかったため、彼に叫ぶことすら忘れさせたのだ。 スカーグは拳の衝撃で大きく吹っ飛ばされた。そのまま地面に倒れ込み、ぴくりとも身じろぎしない。
よし、入った。倒れ込んだスカーグを直ぐに拘束しようと近づこうとしたグライドだったが、急に悪寒を感じその場から瞬時に飛び退いた。
つい数瞬前に居た場所が轟音とともに破裂し、敷石が噴水のように飛び散った。いや違う。何かが凄まじい勢いでその場所に叩きつけられたのだ。
スカーグはふらふらと立ち上がった。
「がああああッ!」
頭を抱えてスカーグは狂乱の声を上げた。何かが凄まじい勢いで空を切る音が鳴り響くと共に、スカーグの近くの地面や壁に切りつけられた様な後が次々とつけられていく。その影響で砂埃が舞い上がった。
グライドは前腕で顔の前を押さえつつ、見えづらくなったスカーグの様子をつぶさに観察する。
そして段々と砂埃が晴れていくと、スカーグの全容が露わになった。
「それがお前の夢の形か」
スカーグの背中には、二本の太い縄のような触手が伸びていた。恐らく、その触手を使って叩きつけや吊し上げを行っていたのだろう。
意外に地味な形ではあった。しかしそのスピードと威力はシンプル故にとても馬鹿に出来ず、能力を理解した後にグライドは更に警戒を強めた。
「きさ……貴様……吊してやる……吊してやる……」
スカーグは目を見開き、うわごとのように言葉を吐き出し続ける。
これじゃあ寧ろ怪人化を進めちまいそうだ。このまま放っておくとマズい。
グライドは危険を承知でスカーグを拘束することを決め、また構えをとった。幸い能力のカラクリは解って、かつ相手も錯乱している。十分勝機はある筈だ。
しかしその時だった。グライドは予想外の人物の出現に呆気にとられてしまった。
スカーグの後ろにいつの間にか現れたコニーが、スカーグに飛びかかったのだ。
「でやっ!」
コニーは拳銃を振り下ろす。銃は基本銃器ではなく相手を鎮圧させるための鈍器として使えという、グライドの教えに習った行動だった。
しかしスカーグはグライドの様子から不意打ちを予測してしまっていた。
コニーの打撃を難なくかわすと、すかさず彼女の首に触手の一本を巻き付けた。
「がっ!」
「しまった、コニー!」
そのままコニーは空中に吊り上げられる。
事態は一転して危険な状況へと変わった。グライドは脇に落ちた拳銃を拾い直そうと考えたものの、下手に行動すると最悪の事態を招かねないと思い、身動きがとれなかった。
「ぐっ、くぅ……」
首を絞められているコニーが苦しそうに呻く。なんとかして拘束から逃れようと、首の触手に手を回すもそれは彼女の力ではビクともしない。
「来るな……来るなよ……こいつの首を折るのなんて、小枝を手で折ることより容易いんだ」
グライドを牽制しながら、スカーグは後方に後ずさりする。
そして十分な距離を取った後、スカーグはコニーを一瞥した。
コニーは依然として苦しげに呻り今にも力尽きそうだったが、スカーグを睨むその目には不屈の光が宿っていた。
こいつ、女の子か。俺より少し下くらいの。
ふとスカーグの表情が緩み、困惑したかのような表情が一瞬だけ浮かんだ。そしてコニーの首の拘束が外されると、彼女は地面に落ちて倒れ伏した。
スカーグはグライドに視線を戻した。既にその表情は怒りに狂うそれに戻ってしまっていた。
「吊してやる……グライド・バーシル。貴様はいつかこの手で吊してやる!」
そう言い残すとスカーグは背の触手を使い壁を伝って飛び上がり、裏路地の奥へと逃げていった。
グライドは直ぐにコニーの方へと駆け寄った。
「コニー! おい、無事か! コニー!」
グライドはコニーを起こすと両肩を押さえて彼女に呼びかけた。
「コニー君! 起きてコニー君!」
恐らく方で事の一部始終を見ていたであろうアノンも、目に涙を貯めてながら呼びかける。
コニーはううんと弱々しげに唸ると、半分目を開いた。
生きている。それを見てグライドは心から安堵した。
「よかったぁ!」
アノンはコニーに抱きついた。
「ボクは……げほっ。大丈夫。それより、奴を……」
「喋るな。今はお前の安否が最優先だ」
グライドはコニーから離れようとしないアノンを何とか離すと、彼女を抱き上げた。
大事にはなっていないものの、早く医者の所へ連れて行かなければならない。
「あんにゃろう……」
グライドは少しの間、スカーグが逃げた方を睨み付けた。「少し灸を据えなくちゃいけないみたいだな」
「こっち! こっちだよ!」
アノンはここで一番近い医者の方へ案内するため、グライドに呼びかけた。
スカーグのあの状態は色々と危険だ。オレに執着を示していたとはいえ、暴走して一般人に危害を加える危険性がある。一刻を争う事態であることは明白だった。
しかし決着の前に知る必要がある。アノンの指示に従ってグライドはコニーを抱えて病院に駆けつつ、スカーグがコニーを離す直前の様相を思い出していた。
そう。まだ夢に捕らわれたままの少年である、スカーグ自身のことを。




