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1-06 子どもなんだから

 荒々しくドアが開けられる音、言い争う声。さらには雷鳴のような爆音が轟き、カロの世界は光を取り戻した。暗視モードのゴーグルを通して万象が像を結ぶ。それから、冷えた指先を湯につけたときのようにじわじわと、上下と左右を取り戻す。


「な」


 視界に飛び込んできたのは、屋根まで吹き飛ばされた屋敷だった瓦礫の山だ。


「なんじゃこりゃあああああああぁぁぁぁぁあああ⁉︎」


「お黙り。それと、今は雇用とか契約とか主従とかはナシよ」


 ゆらりと伸びてきた神官服の袖。その手がカロの手首をがっしり掴んで立ち上がらせる。かと思えば、汚い床にほとんど叩きつける形で体を投げ飛ばされた。


「な、なにすんだよズビ! 雇用主がオレだってこと──」


「どうどう、カロさん。今はそういうのナシだって言われたでしょ」


「……」


 なんだよ、みんなして。カロはしゅんとして体を起こした。前を向けなかった。やっぱり、カロが子どもだから。そういうわけではないことを、カロは薄々感じ取っていた。もっと言えば、観念していた。というのも、すぐそば、テディが見知らぬ大人に荒っぽすぎる尋問をしているのを聞いていたからだ。哀れにも顔が原型を留めなくなるまでタコ殴りにされた身なりのいい男がは、カロにとって聞き覚えのある名前を吐いていた。


「──クッ、クララック卿だ! あの小汚いガキが卿の金を盗んだんだよ! ──ぐふっ、だからその報復ゥ……がッ」


 クララック卿。

 カロを生かさず殺さず搾り取った大人。


「オォ? それだけかのう。それだけかのう」


「それだけって──うぐッ、待て! がはッ……おい! 俺はちゃんと答えて──ヒィッ! やめッ、おい! だれかこの暴走老人を止めろ!」


 ざまあ見ろ、と言ってやるにはちょっと理不尽すぎる尋問である。あのガタイにマウントポジションで押さえ込まれてしまえばとても抵抗しかねるだろう。カロは一抹の同情を覚えた。


「クソガキ、てめえの事情はそこの男から聞いたとおりか?」


 カロは一拍置いてズビに頷いた。バツが悪いような、やけっぱちのような、いたたまれない感情がカロの胸の中で渦を巻いていた。大人たちが顔を見合わせて頷きあうのを見た。焦りとあきらめが同時にひしめいた。

 カロは強さを手に入れるために悪事をはたらいた。カロは大人の命令に背いた。裁かれるようなことをした。カロはきっと、罰を受ける。大人は等しく子どもの敵なのだ。罪なき罪すら罰し搾取する大人が、子どもの罪を咎めるときはどうするのだろう? また、汚泥にまみれた暗い(ひとや)に戻るのか? だめだ、だめだ、そんなのは、だって、それじゃミンミを──


「ねえ、クソガキ。アンタはこの状況でどうしたいの」


 ハッとして顔を上げた。信じられなかった。


 大人が子どもの意見を聞くなんて!


「そ、そんなの!」


 カロはちょっとだけ泣きそうだ。


「クララックを、ボコボコにしてやりたいに決まってるだろ!」


「──そう」


 シャーリーが長い髪をかき上げ、蝶番の壊れたドアの向こうへ消える。「世話ァ焼かせやがって」と、ズビ。「対人戦は久しぶりですねえ」とはモネが、「人間ッ……柔いッ」とテディがそれぞれ言い残して続いていく。わけがわからない。シャーリー、「そう」って、どういう意味で言ったんだ?

 そんなカロの困惑を見透かしたように、テディが歩を止めて振り返った。

 幾筋もシワが刻まれた戦士の顔でニヤリと笑う様は、やっぱりかっこよくてカロは悔しい。


「カロ坊はガキなんだからよぅ」


 だから? だから、なんだっていうんだ。カロはそこから先の言葉を身に染みて知っている。知っているはずなのに、カロは期待している。大人に期待なんかしちゃいけないのに。でも、少しだけ。雲間から光が差したような気がしてしまう。

 まだ覚束ない足取りで、カロは大人たちの後を追う。その大人たちは、めいめいに言いたいことを言っている。


「いいか、クソガキ。俺たちは全員あぶれ者だ」


「だれもまともになんか生きちゃいないわ」


「正義も美徳も何の役にも立たないことを知っています」


「だからこそ、一本の信念を持つッ……! フンッ……!」


 もう、カロがそこかしこに徘徊する異種族(アリウス)を恐れる必要はなかった。大神官の神聖魔術は一撃で腐乱屍人(ロッター)を粉砕するし、盗賊は手際良く銀粘土(ナナ)を除けるし、取りこぼしは大斧の戦士が一刀両断した。カロはその後ろを、白昼夢を見ている心持ちでついて歩く。


「あのね、カロさん。モネさんたちはみんな同類なんですよ。同じ後悔を味わった仲間です。そしてこれは、そういう大人たちのエゴイズムです」


 カロがモネの言葉の意味を知ることになるのは、もう少し後の話だ。

 そしてそれは、奇しくもクララック卿の所業が明るみになることで知ることになるのだ。


「者ども! かかれ……ッ!」


 その声にカロは身震いする。それだけだった。カロをあれだけ叩いて、殴って、焼いて切って沈めてどろどろに汚して、さらに別の大人たちに売りつけた大人だ。逃げ出そうとした子どもらの脚を、どれほど折ってきたのだろう? そんな大人に、カロはもう恐怖を覚えなかった。こんな状況なのに、カロは安心していた。

 半壊したアンデッド屋敷、その大広間。小綺麗な身なりの大人たちが数人、クララック卿の号令に従い剣を抜いた。クララック卿自らも槌矛(メイス)を構えて猛然と走り出した。その小綺麗な有象無象のド真ん中、大斧の戦士(テディ)天井から(・・・・)躍り出た。


「フゥウゥゥゥゥンッ!」


 戦斧一閃、描く円弧は衝撃波を生じて敵を吹っ飛ばした。テディの猛攻はそれだけに止まらなかった。床に壁に叩きつけられてなお、立ち上がろうとした敵方を即座に察知するやすっ飛んで大斧を振りかざす。元・天下無敗の傭兵たる老爺に容赦はなく、


「──ホゥッ」


 カロは、赤い尾をひいてバラバラに舞い飛ぶ両脚を目撃した。


「ちょっとじいさん! あんまり血を流させんじゃないわよ! 屍人がたかるじゃない……!」


「クソ神官がなんとかするんじゃろがい」


 テディが三人目の背骨を砕き、返す斧刃で寄ってきた屍人(ロッター)の首をはねた。

 さて、そのクソ神官が何をしているかと思えば、ちゃんと仕事をしているではないか。


「──チッ。嫌いなんだよ、神聖()術は俺とはそりが合わねえ」


 初めて見る神官の法術円。それはどどめ色に汚れた床に叡智の白砂(アテニューム)で描かれ、その中心を神官杖でひと突きすればたちまち白銀に輝き始める。その光がカッと強さを増して四方八方に飛び散った。亡者を厭い拒絶する神聖な結界。空間を満たす神聖白光(ハローダスト)は広間を明晰に照らし出す。その中で、伝説の女盗賊は、舞台女優さながら艶やかに鞭を振るった。


「上等じゃない、ズビ。──お礼にアンタの負担を減らしてあげるわ」


 地に叩きつけられた鞭の影が不自然に分裂する。幾筋にも別れた黒い影は蛇のごとく滑らかに、しかし稲妻の速さで的確だった。


「ギャッ」と、はじめに声を上げたのはどれだったか? カロにはもはやわからない。どこもかしこも同じ現象が発生している。どいつもこいつも床に縫い付けられている。奇ッ怪な現象だ。実体を持たない影が有象をふん縛っている。これは魔術か? しかし、シャーリーは魔鋼(エレシド)を持たないし、詠唱した気配もなかった。詠唱破棄ができるのは魔女だけのはずだ。が、魔女はその成り立ちにより冒険者登録はままならない。


 だったら?


「じいさん! こうやってスマートにやるのよ、スマートに」


「嬢さんのそれはズルじゃろ」


 テディは斧にこびりついた血を払ってやれやれと首を振る。ズルって。ズルってなんだよ。


「いいのよ。ここにいる全員、口きけなくしてやればいい話だわ」


 シャーリーが高らかに宣言すれば、どこかで情けない悲鳴が上がった。低く、唸るような詠唱に混じって。


「破掟ノ贄ハ我ガ身ニ非ズ──」


 詠唱? 詠唱だって? だれが。


「──迷走スル息吹ノ檻ニ悉ク散ル六花ノ血潮──」


 クララック卿。地に伏せたまま槌矛を握りしめ、その槌矛は微かに赤い光を帯びている。

 カロは魔術に通じていないが、Eクラスとはいえ冒険者(リゲイナー)だ。例えば魔術には仕込みが必要だったり、神聖魔法が白い光を放つことだとか、冒険者としての最低限の知識はある。そして、その知識によれば。「破掟の贄」の宣言から始まる詠唱は。


「いけない! 軍事魔術(ミリタリースペル)だ!」


 カロにはその詠唱が何を発動させるのかはわからない。けれど、長い。長いということは、それなりに大きな魔術なんじゃないか。だったら止めなきゃいけない。なんとかして、クララックを──


「だめですよ、カロさん」


 飛び出そうとしたカロを、モネの青白い手が制した。


「なんで──」


 焦って見上げた先、モネの瞳。


「危ないからです」


 見たことのない色に発光していた。


「──天上ノ神蝕ム禍ヲ以テ福音ト為セ! 反星体系(ラト・システマ)──」


 クララック卿の詠唱が続く中、発光する瞳の中に微かに見えたもの。魔法円の紋様だった気がする。よくは見えなかった。というより、見なかった。

 突然のことだった。蛙の潰れたような悲鳴。金属の砕ける甲高い音。カロの注意は、当然のようにそちらへ向けられたからだ。


「な、なぜ私のメイスが……」


 見遣った先。クララック卿の持つ槌矛の先端はバラバラに砕け、とうに光を失っていた。呆然と、ちょうど立ち上がりかけていた中腰のまま固まっている。飛び散った金属片に頬をざっくり裂かれたクララック卿は、屋敷に蠢く屍人に見えなくもなかった。


「ね、危ないって言ったでしょう」


 モネはどこか自慢げで、上手にウインクしてみせた。もう、瞳は発光していなかった。

 シャーリーが広間の中央、脚一つ崩れたテーブルに器用に飛び乗った。仕舞いの合図に掌を打ち鳴らし、余裕たっぷりに一礼して見せた。

 青い顔のクララック卿は、そんな役者なシャーリーを見て、戦斧を担ぐテディを見て、さらにズビを、モネを、見て。

 たしかに、こう言った。


「まさか、貴様ら、半異種族(デミ・アリウス)の──」

次回、「大人のくせに」

5/5投稿予定です。


<世界を救わない豆知識:冒険者のランク>

カロの生きる世界の冒険者にはランクがあります。冒険者として活動できるの最下級ランクは“E”、それ以下に見習いクラスの“V”ランクがあります。VランクはEランク試験を突破することで正式に冒険者となれます。なお、ズビらSランク冒険者は「強さのみ」で昇格できるランクの限界です。Sランクより上に三つのランクが存在しますが、昇格条件は非常に厳しくなります。

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