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1-03 義勇兵修練場

主人公に頑張ってほしいので更新します。どうぞよろしくお願いします。

 カロは特訓を開始した。

 実のところ、カロはそんなに頭の良い方ではない。むしろ、悪い。まともな教育を受けてこなかったし、まともな知識人階級との関わりだってなかった。カロはずっと血と汗とよくわからない液体まみれの、糞尿と吐瀉物を混ぜこんだ汚泥の(ひとや)のような場所で生きてきた。空が青いことすら知らずに生きていた。カロは何も知らない。きっとミンミもそうだろう。ミンミ。どれだけ汚れても輝きを忘れない、プラチナブロンドの少女。売れ残ってばかりのカロとミンミ。

 カロは何も知らないけれど、ミンミの隣でずっと考えていた。


 ――ガキは黙って大人のいうことを聞いていればいいんだよ。


 そんなわけない、って。


「うぉりゃあああああああああ!」


 義勇兵修練場なる施設がある。

 異種族(アリウス)が近隣に出没する町には、規模に大小の差はあれど存在する。本来は人類悲願、「北方討伐」を果たすべく、北方限界(ボーダー)へ派遣される連合義勇兵のための施設だ。それがいつしか一般向けに商売を始めた。すなわち、一般冒険者(リゲイナー)に修練の場を有料で提供する。金額によって師範をつけることもできる。指導可能な技術は規模によるが、カロのような駆け出し討伐士にとってはいずれも痛い金額だ。はじめの一回が限界だった。カロは一度きりの指導の後、魔動人形(カカシ)相手に剣を振っていた。

 修練所の修練形式には、もう一つある。

 同じように、修練に来た冒険者との模擬戦闘。


「ふんッ」


 カロの模擬戦闘相手が大きく一歩踏み込んだ。片手で振りかぶられた剣。今にも振り下ろされるだろう。カロは真っ直ぐ突っ込んでいた。だから、その斬撃を剣で受け止めるしかない。来る。真上から。構えて、両手に力を込めて。


「うぎゃっ」


 ――ちゃんと構えていたはずなのに。


「いっ、だっ、うげ」


 カロは側腹部に鈍い衝撃を受けて、放物線を描いて地面に叩きつけられている。目の前がちかちかする。赤。緑。黒。白。痛い。痛い。吐きそうだ。目蓋の裏。星が回っている。


「本当に真っ直ぐ突っ込んでくるとはなあ。こんな簡単なフェイントに引っかかってちゃあ、こざかしいコボルト連中に一分と経たずにのされて解体されちまうぜ。悪いこた言わねえよ。冒険者なんかやめとけって」


 相手が修練用の木剣をぶんぶん振り回して立ち去っていった。年はそう変わらない、十代の少年だった。少年。男だ。カロは女だ。今は、まだ。だからこんなふうにあしらわれるのか。何をされたのか、全然わからなかった。寸前まで正面からぶつかりあう体勢だったのに。どうして横から。クソ。卑怯だ。オレが男になったら、絶対こんな卑劣な真似はしないからな。覚えとけよ。


「…………」


 唇を噛んで立ち上がるカロを、遠目に見守る四つの影があった。

 一つは美しい曲線のシルエットをした女。残るは三者三様の男たちだ。


「モネさん心配ですねー。ここのところずっと模擬戦闘を挑んでは初手で吹っ飛ばされて」


「なまら可愛くないせいで女扱いされてないところがミソよね。あんなガキ、こんな穏やかじゃない町の修練所にいようもんなら」


「とっくに引っぱられて玩具か店行きだな。運のいいガキだ。――おいクソジジイ、斧をしまえ。素振りをするな。目立つ」


「ヌフゥッ……修練ッ、漢……! カロ坊……!」


 赤ら顔で酔っぱらってるのかボケてるのか素でイカレているのかいまいちわからないテディ。言動とは裏腹にその素振りの軌道は見ほれるほど美しい。縦横無尽に振り回し、筋骨隆々の老体はときに空中で逆さになった。


「困ったわねえ。じいさん。もちろん、カロもだけど」


 青い息を吐くシャーリーに、モネが青白い顔で言葉を返した。


「ま、見守るしかないですね。雇い主ですし。パーティーは五人が限度でこれ以上のメンバーは増やせない。雇われてるモネさんたちは勝手に依頼取ってくるわけにもいかないですし。現状維持です」


「それで収まるといいがな」


 禿頭に木漏れ日を光らせたズビが紫煙を吐く。モネが顔をそむけた。


「なによズビ、意味深ね」


「よく知った手合いの連中が嗅ぎまわってんだよ。カロが連れてきた輩だ。ったく、連れてくるなら熟した女か若い男にしろってんだ」


 テディが動きを止めた。にんまり笑ってズビへ耳打ちする。


「なんでえ、趣味が合うじゃねぇか、クソ神官様よぅ。ワシとじゃなくて、愚図オークどもとだけどなぁ」


 その後、ズビとテディは取っ組み合いの喧嘩になった。ズビは軍事魔術(ミリタリースペル)を違法使用しまくって、テディといい勝負だった。派手な喧嘩だったはずだ。それなのに、カロは気付かない。カロは必死だった。実のところ、相当参っていた。ままならない現実が重く、暗く、質量を持った闇となって覆いかぶさっていた。視力が失われたわけではないけれど、世界がずっと狭くて見えにくくなっていた。


 次の日、カロは十七人と模擬戦闘を行い十七回吹っ飛ばされた。

 そのあくる日、カロは二十一人と模擬戦闘を行い二十一回吹っ飛ばされた。

 さらに次の日、カロは挑んだ相手の中に魔術師が含まれていたため、魔術創傷の治療にもだえ苦しんだ。基本魔法(エレシド)も扱えないくせに魔術師に挑むんじゃない、と相手に釘を刺された。中指を立てたら折られた。

 その翌日は雨で、人もまばらな修練所でひとり剣を振っていたところ、ぬかるみに足をとられて転倒した。挫いた。

 次の日も戦績は振るわなかった。

 次の日も。

 次の日も


「ねえ、そろそろなんか言ってあげたほうがいいかしら」


「可哀そうになってきましたねぇ」


「必要ねぇよ」


 ズビはヤニ臭い口で淡白に言った。


「なんにも言ってこねぇうちは変わらん。あいつも、明日にも売り飛ばされるガキどももな」


 反論する者はなかった。

 ただひとり、シャーリーが深くため息をついた。





挿絵(By みてみん)

今回のエンドカードはヒロイン・ミンミのシルエットでした。妖精さんみたいでかわいいですね。なお、エンドカードの有無は気分です。

次回、「Ⅳ級クエスト:腐臭禍ツ屍人屋敷ヲ一掃セヨ」

4/29更新予定です。


<世界を救わない豆知識:冒険者>

カロの生きる世界では、人間は長らく「異種族」に存続を脅かされてきました。人間と異種族は敵対し、異種族はその異端の力をもって、人間の生息域を侵略し続けました。しかし、人間が「エレシド」と呼ばれる魔法の力を手にして以来、状況は好転します。人間は新たな力をもって、土地を、平和を、その尊厳を奪還するようになったのです。ゆえに、異種族を討つ冒険者は古い言葉で「奪還者」を意味する「リゲイナー」と呼ばれます。

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