1-01 子どものくせに/大人なんだから
「──いいか! おまえら! えー……っと、今日の依頼はこれだ! 南のジュ……ギュジーグ砦! を根城にしてるゴブリンどもの」
カロはこんなとき、いつも最後まで言わせてもらえない。
「えぇ~、やぁだお肌荒れちゃう今日アノ日の前で調子悪いのよ」
「おぉん? ゴ……ゲ……グ? 新しい酒の名前か?」
「今日は天気がいいので不幸が訪れます明日にしましょう」
「ゴブリンはダメだ! 雌が少ねえ!」
こんなことを、いっせいに言われる。
カロは子どもだ。十二歳だ。大好きだったアネゴにもらったゴーグルは、まだサイズが合わない。重たくって、それでも首からぶら下げている。
対して、連中は大人だ。コンバラリカ王国のマジャリス自治区、そこでいちばんしみったれた酒場のカウンターを陣取って酒をかっくらう、ろくでなしの大人たちだ。
カロは叫んだ。いつものように、声を低くすることも忘れていた。
「シャーリー! おまえいっつもアノ日かアノ日前じゃねぇか! 年中股から血ィ流してんのかよ!」
華奢なカクテルグラスを傾ける、やたら露出の高い妙齢の女。シャーリー。蜜色の肌に綿雲のような髪を垂らした、いかにも雌犬を感じさせる流し目は胸焼けを起こしそうだ。
「あのねえクソガキ。アンタも女の子ならじきにわかるでしょうけど。女にはアノ日とアノ日前とアノ日後しかないの。そして、それぞれに合わせた誘い文句っていうのがあるのよ」
「なっ、なななななな」
カロは恥ずかしがったのではない。
その台詞に侮辱を感じ取ったのだ。
「オレは男だ! わかるわけないだろ! このクソビッチ!」
それを聞いて吹き出したのは、シャーリーから一番離れたところに座る禿頭の大男だ。ファンシーアウロライトのものものしい杖と出で立ちから神官とわかるが、とても聖職者とは思えないほどクセが悪い。酒も、煙草も、女も。女にいたっては討ちとった異種族だって犯す。相手が死んでようとおかまいなしだ。
「あぁん? おいガキ、どこが男だって? ホラもほどほどにしとけよ子猫ちゃん、股にチンコ生やしてから言うんだな」
カロはこみあげる怒りに爆発しそうだった。羞恥ではない。侮辱に対する怒りだ。カロは自分のズボンのまたぐらの布をぐしゃぐしゃつかんで吠えた。
「バカにするな……! 生えてくるんだよ、そのうち! アネゴが言ってたんだ、男になりたいって思っていればいつかチンコが生えてきて、ひげも濃くなって肩幅が広くなって」
「どうどう、カロさん。ズビさんの言うことを真に受けるんじゃないですよ。あとズビさんつばとばさないで。できれば口を開かないで。ヤニ臭くて窒息してしまいます」
クソ神官のズビは鼻で笑って安物の葉巻に火をつけた。嫌そうな顔をするのは今しがたカロをなだめた青白い顔の青年だ。人間居住地最北端、リコリス公国の軍服。を、魔改造したような格好。
「モネ……」
「はい。モネさんです。優しいモネさんはきみが本気でチンコ生えてくるなんて思ってないことわかってますから。もしそんな奇跡があるならね、モネさんがおいしくいただきますからね」
「んぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
生えてくるんだ。アネゴが言ってたんだ。信じる者は救われる。為せば成る。「バベルの神話」よりはるか過去、地中深く幽閉されたという神への反逆者が力を貸してくれるんだ。性別だって好きにできるし、クソみたいな過去を捨てててっぺんを取れる。てっぺんが何かはわからないが、とにかくてっぺんだ。それがいちばんえらくてすごいのだ。そして、この世界──サニフェルミアにおいては、いちばんえらくてすごいためには女ではダメなのだ。
「さけェよこせぇあ」
シャーリーとモネの間に座る筋骨隆々の髭面が呻いた。
「酒だア! 酒……テッキイィィィーラを、オン・ザ・ロック。んおぉ? ワシゃあ酔っとらん、若いもんには負けておらん、この体を見よ! ムゥッ……!」
「あらやだテディじいさん、また脱ぎはじめちゃって」
巨大な戦斧を担ぐその体は、カロと同じくらいの背丈ではあるが、なるほどどうしてたくましい。肉体美すらある。ただ、もうずいぶんな御老体だ。テディ。真っ白な髪と、真っ白な髭をぼうぼうに生やした酒乱の戦士はとっくにボケてきている。それが水の代わりとばかりに飲む酒のせいかはしらない。ただ、勘弁してほしい。
おまえらにいくら払ったと思ってるんだ。
「いい加減にしろよ! 雇い主はオレだってこと忘れたのか!?」
地団太を踏んで声を荒げたって、ろくに耳を貸しやしない。
そんな連中がカロのパーティーメンバーだった。
大斧の戦士、テディは天下無敗の傭兵団『不条理喜劇戦闘団』通称ファルコンに籍を置いていた。
シャーリーは伝説級の盗賊団『夜更けの蓮花』の女頭領だった、とのことだ。
モネはリコリス公国の秘密魔導部隊の小隊長であり、その胸には今も少尉を示す徽章が光っている。
人間の屑の総本山みたいなズビは、銀聖教団の本部大聖堂のお抱えの大神官だった。
経歴だけ見れば、なんと素晴らしい人材を揃えられたのだろう。カロは自身の手腕に感嘆した。こともあった。今じゃ過去の自分の愚かさにカンカンだ。どうしてちゃんと調べなかったのだろう。
テディはボケてお払い箱にされたし、シャーリーは自らの怠惰と失態で盗賊団を崩壊させたし、モネは脱走兵だし、ズビは職権乱用横領その他多岐にわたる罪に問われて教団を追放された。
四者四様居揃って、ロクな大人がいやしない!
「くうぅ!」
カロは頭を抱える。すぐに毅然と奴らに向きなおる。こうしちゃいられない。今回の案件は、他のパーティーと競合する。一刻も早く着いて、こいつらを統率して、ゴブリンどもを滅多打ちにして、死骸から飛び散った銀粘土を回収する。本当なら回収士が欲しかったが、贅沢は言えない。気をつけて取り扱えば銀粘土に食われることもないだろう。たぶん。
「ちゃんと前金払ってるだろ! ちゃんと契約は守れよな! 大人なんだから!」
はいはい、と一番最初に立ち上ったのはズビだった。葉巻をくわえたまま。次いでモネ。テディ。服を着ろ。最後にシャーリー。妖艶な仕草でグラスをカウンターに置いた。
「子どものくせにナマ言っちゃって」
そう言われるのが悔しくて、悔しくて、カロは奴らの前に出た。
泣き顔なんて、絶対に見られてたまるもんか。
暗視機能付きのゴーグルはやっぱり大きくて、ベルトを無理やり詰めても、着けると重たくって頭が痛い。
次話「強くならなきゃ」