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2-03 騙り模る綺羅の魔女

「──おいで、綺羅星(イミテーション)


 その呼声を合図にルシルの周囲に光が灯り始める。何が光っているんだろう? それは火でも、燐燈石の灯りでもない。夜空に瞬く星の光に似ている。ルシルを追ってきた集団がざわめく。精霊を呼んだ。魔法を使いやがった。そんな声が聞こえた。


「あたしの正体を知られては生かしておけないもの。特にこのルグマシアでは、ね」


 カロは唾を飲み込んで後ずさった。魔女の魔法。精霊。初めて見る。根底的に、冒険者(リゲイナー)は魔女とは縁遠い。よほどの事情がない限りは魔女は人間に隷属を誓ってまで冒険者をしないし、そもそも存在自体が稀少だからだ。


「最も確実に。世にも魔女らしくない手段で殺してあげましょう。さあ──偽って。綺羅の記憶を騙り模って」


 その光は煌々と、いっそう輝きを増して眩さが臨界に達する。カロはぎゅっと目を瞑った。そして再び目を開けたとき、そこにルシルはいなかった。

 先ほどまで殺気立っていた集団がぽかんと上を見上げている。カロもそれに倣った。いた。鮮やかな金色の三つ編みが四角く切り取られた空に舞い踊っている。確かに、魔女らしくない。全然。むしろ、その姿は似ても似つかないはずなのに、カロの知る人物を想起させた。思わず口からその名が溢れた。


「テディ」


 有象無象の雑踏の後方、身の丈ほどもある戦斧を手にしたルシルが空から躍り出た。


「それじゃあ──」


 ルシルを追ってきた人々の退路を絶つ形で降り立ったルシルの斧に容赦はなかった。その巨大な刃が躊躇なく横に一閃される。


「さようなら」


 どさり、と重たい音がした。

 途端に上がる悲鳴。叫喚。発砲音。

 ルシルの足下に広がる血溜まり。

 泣き別れになった胴体は誰にも見向きされなかった。


 ルシルの体がふわりと舞う。と、思えばすさまじい速度で次の標的を間合いに入れる。その身のこなしは歴戦の戦士そのものだ。というか、テディだ。テディが少女の姿でそこにいる。「たすけて!」一閃、「やッ──やめろ」袈裟切りに両断、「いやッ、ごめんなさ」首が宙を舞い、あっという間に阿鼻叫喚の地獄が現れた。ルシルの立ち回りは見事なもので、一人も袋小路から逃さない。目算二十人ほどの人間が、人間だったもの(・・)になっていく。裏路地のすえた臭いが鉄臭さでいっぱいになるまで、そう時間はかからなかった。


「ルシル」と、カロが呼んだ声は小さすぎてきっと彼女にはとどかない。


 カロにはルシルに聞きたいことがあった。相手は冒険者(リゲイナー)でも軍事魔術(ミリタリースペル)を使う悪徳貴族でもない、市井の人々だ。戦斧を振るうルシルに逃げ惑うばかりの、穏やかに街に暮らすひとたちに見える。それを一方的に殺戮することは許されるのか。

 少し前のカロだったら、きっと躊躇なく是としたはずだ。己の身を守るためなら。目的を遂げるためなら。人の命なんて軽い、軽い。カロの命だって紙切れ一枚と変わらない。


 では、今、カロが感じている胸のつかえは何なのだろう?

 カロの中で何が変わったのだろう。


「……──これで全部ねッ」


 最後のひとりはカロの目の前で崩れ落ちた。

 胴体の中程で切断され、支えを失った臓物が音を立てて零れ落ちる。ふくよかな女性だった。生温かい滴がカロの頬に跳ねた。鮮烈な(あか)は、確かにその人がたった今まで息をしていたことを示していた。でも、彼女はもう息をしないし、瞬きすることもない。


「短く済んで良かったわ。疲れちゃう。──戻っていいわよ、綺羅星(イミテーション)


 星の光がチカチカ瞬いて戦斧が消える。存在が光に解けて、やがてその光すら見えなくなる。残ったのは撒き散らされた血と臓物、人間だった肉塊、日の差さない袋小路。澄まし顔のルシルが息をついた。


「これが現実よ」


 そう言って転がった肉塊を蹴とばす。下半身だったそれから(はらわた)が溢れた。


「どう? 目が醒めた?」


「どう? って……」


「都合が悪くなったら簡単に殺すし、殺されるのよ。そしてここは、要件さえ満たせばそれが許容される『宗教国家』。すべては信仰と崇拝の名の下に」


「そんなの、オレだってわかってる」


 嘘だ。


 カロはわかってない。ずっと閉鎖された暗い獄で生きてきたカロは、外の世界についてまだまだ知らないことばかりだ。

 首から下げたゴーグルをぎゅっと握った。アネゴなら何て言うだろう。カロに唯一、外の世界の話をしてくれたアネゴ。自分だけを信じなさい。この世界には、自分か敵しかいないのだから。何度も同じことを言われたっけ。でも、アネゴの語ったことの多くは間違っていて外に出たカロはしばしば辟易したものだ。それでも、()はカロの味方だった(・・・)


「……オレは甘っちょろくなんかない。オレだって、オレを殺そうとした奴を殺そうとした。悪い奴だったからだ。でも──この人たちは」


「あたしだって相手は選んでる。どいつもこいつもすねに傷のある奴よ」


「オレは嫌だ!」


 爪が掌に食い込むくらい拳を握りしめ、カロは毅然としてルシルに向かった。


「なんで嫌かわかんないけど……でもやだ。問答無用で殺したりとか、ミンミを見つけられないって、はじめから決めてかかるとか。しかも、ルシルが使ったのはテディの斧じゃないか! それも、なんか嫌だったっていうか」


「テオドアを知っているの?」


「知ってるもなにも、」


「そう」と、ルシルは最後まで言わせてくれなかった


「憧れている? 尊敬している? あなたの年で知ってるのは珍しいわね。伝説の戦士、テオドア。凄惨な事件だったわ。そのせいで、彼は狂ってしまった。彼も甘かったのよ」


 皮肉めいた物言いだった。それ以上に気にかかる内容だった。凄惨な事件? 狂った? テディの頭がおかしいのはアル中じゃなかったのか?


「ねえカロ、知っていて? 人間社会に生きる魔女は孤独よ。きっと、あなたも同じでしょう?」


「はぁ? なに言ってんだよ。勝手に同じにするなよ……っておい!」


 真っ赤に染まった袋小路に踵を返すルシル。慌てて追いかけると臓物を踏んで、カロは滑って転びかけるところだった。


「ちょっ、ルシル──いいのかよ、これ、死体」


「時期に回収されるわ。彼らは貴重な資源だもの」


「資源?」


 ルシルは答えを返さない。青金石の瞳でカロに視線を寄越して、着いていこいということらしい。


「少し、話をしましょう」


 狭い路地を縫って歩く。乞食の物欲しそうな視線を無視して、値踏みする掏摸(すり)を遠巻きに抜き去って、譫言を繰り徘徊する老婆をどけて、出たのはまた別の袋小路だ。ただ、囲う建物の一部が崩れかかっていていくらか日が差し込んでいた。


「ねえ、カロ。この世界に希望なんてないの」


 くるりと振り向いたルシルが薄ら笑った。


「この世界がサニフェルミアの名を賜ったそのときから。もう、未来なんて生まれないのよ」


 サニフェルミア。

 幻想に微睡む世界。

 その呼称はあるときを境に急速に普及したのだという。


「──それじゃ、救われない世界の話をしようか」












挿絵(By みてみん)

次回、「救われない世界の話」

6/7更新予定です。


<世界救わない豆知識:魔女>

人間・異種族と成り立ちを異にする一つの種族です。彼らは精霊と契りを結び、特定の詠唱なしで魔法を行使します。

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