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2-02 お尋ね者のxxx

「──ミンミ、」


 反射的に口から飛び出た名前を、カロは即座に否定した。違いすぎる。金髪だとういうだけで、こんなにも期待してしまうだなんて。落胆の色は隠せそうになかった。


「はあ? 人にぶつかっておいてその顔はなぁに? 落ち込むよりも言うことがあるでしょうが」


 まばゆい金髪は鮮やかで、長い三つ編みになって揺れている。濃紺の地に金色の装飾が施されたそれは、この国(ルグマシア)の軍服なのだろうか。市井の人々、といった体裁ではなかった。というのも、その眼光の鋭さたるや。


「ごっ」


 星空を切り抜いた青金石の瞳に、カロは思わずたじろいだ。


「ごめんなさい……」


「それでいいのよ」


 差し伸べられた手を頼りに立ち上がる。年の頃は、まずカロより上だろう。もしかすればミンミと同じくらいに見えなくもない。ただ、裏路地の暗がりでもなお輝いて見える瞳の力強さは、とても子どもだとか、少女のものとは思えなかった。


「あなたみたいな子どもがこんなところでなにしてたの? ここは子どもの遊び場じゃないのよ。目抜き通りに奴隷市場だってあるし。ルグマシアだって東側は治安良くないんだから」


 カチン、ときた。掴まっていた手を思い切り振り払った。やっぱり、声を低くすることなど忘れていた。


「子ども扱いすんじゃねえ! ふん、オレは正式な冒険者(リゲイナー)だしパーティーのリーダーなんだぜ。おまえがどこのだれだか──」


「あなた」


 少女の顔は困惑を示していた。何となく、カロには次に言われることの想像がついた。顔が熱い。


「女の子よね?」


「いいいつか男になるんだようるっせえな!」


 カロは必死だった。いつも必死なカロだけれど、弱い女の子ども扱いされるときが一番必死だ。けれど、その必死さは大概望むようには伝わらない。だって、こいつだって、ほら。笑っている。カロをバカにしている。


「ふふ。そう。それは、大変。お父さんとお母さん──じゃないわね。仲間とはぐれたの?」


「はぐっ……」


「迷子でしょ?」


「まっ……」


 カロは辺りを見回した。まったく見覚えのない景色が広がっている事実は認めざるを得なかった。


「あいつらが勝手に迷子になったんだよ。オレが探してんの」


 苦しまぎれの言いわけにくすくすと笑い声が返される。無様だ。恥ずかしい。


「あたしはルシル。あなたは?」


「……カロ」と、カロはルシルから目を逸らす。


「そう。よろしく、カロ。──そういえば、ぶつかったときに言ってた。ミンミって、探してる仲間?」


 ふるふると首を横に振って、カロは答えた。必要以上に説明した。ここでも「もしかしたら」だ。ルシルがミンミのことを知っていたりしないだろうか。淡い期待ばかりが浮かんで、カロはそれにすがりたくて仕方がない。

 もちろん、現実はそう甘くないし、それ以上の落胆を鳩尾にかましてくることは少なくない。


「はっ。見つかるわけがないわ」


 たとえば、こんなふうに。


「闇娼館から身請けされた性奴隷なんて見つかったとしてもね。とっくに壊れてるんじゃない。記憶なんて保たないわよ。それも半異種族(デミ)ですって? 正気? ねえカロ、ここはルグマシアよ。その意味がわかる? 『宗教国家を』冠する国の、その意味が」


「意味?」


「そう。この国自体が一つの宗教組織なのよ。ここではサニフェルミアの──銀聖教団の倫理も価値観も通用しないわ。ここでは人間の命ですら軽い。デミなんて解剖(バラ)されて使われて当然くらいの認識でしょうね」


「そんな……」


 カロはぶんぶん首を横に振った。悪い想像を振り払いたかった。


「そんなわけないだろ! そのっ……だれだか知らないけど、ミンミを買ったやつはミンミを好きで買ったんだ! すごく可愛くて美人でおしとやかで綺麗で可愛いんだからな! ミンミは! そりゃ、金髪が同じで一瞬見間違えたけどな、おまえみたいに品のない金髪じゃないからな! ミンミは!」


「だれが品のない金髪よ」


 殺気立つルシルにカロは身構えた。ほんと、何なんだこの女。どうしてこんなおっかない眼をするんだ。もしかしたらとんでもない修羅場を潜り抜けてきた猛者だったりするのか。


「呆れるわ。脳味噌とろけちゃってるんじゃなぁい。だいッたい、どうやって探す気よ。こんな広い──」


 ヒュ、と風の鳴る音がした。遅れて、ルシルの髪が幾筋かはらはらと舞う。

 勢いをなくして落下する、明らかな敵意を纏った棒。棒? 矢だ。(クロスボウ)


「見つけたぞ! シルヴィ!」


 シルヴィ?

 って、誰だろう?


 声の方を振り返る。ズビほどではないが、大柄の男が路地の反対側からこちらに弩の照準を定めていた。


「チッ」と、舌打ちしたのはルシルだ。男はこうも続けた。


「てめぇ、パチモン売りつけやがって! よくも──」


 と、男が横合いから別の男に吹っ飛ばされた。「リズ! おまえうちの金を」と思えば、その男はすさまじい形相の女に体当たりをくらい、「メアリー! あんたふざけんじゃな」次の瞬間には老爺が現れ、「トリア! 絶対に殺してや」瞬く間に別の男が──


「ついてないわね」


「はあ? どういうことだよルシル、おま」


 ルシルがカロの手を掴んで走り出す。急な加速に危うく舌を噛むところだった。すると、もちろん集団(・・)は追ってくる。ルシルをめいめいの名で呼び罵声を浴びせる、赤の他人同士らしい集団。あっという間に十数人に膨れ上がっている。共通項は、カロにルシルと名乗った少女に何らかの恨みがありそうだということ。


「おいルシル! おまえ……おまえ、なにしちゃったんだよ! 名前多すぎだろ! ……うわっ」


「あたしはただ信念を持って生きてるだけよ」


 クロスボウに混じってそこらの石やら刃物すら飛んでくる。ひやりとした。つうか、なんでオレまで逃げないといけないんだよ。そんなカロの心のうちを見透かしたようにルシルが言う。


「カロもあたしの仲間だと思われてるわね。追いつかれたら身包み剥がれるだけじゃすまないわよ」


「はぁ⁉︎ ふざけんなよ!」


「そうね。ふざけてはいられないわ」


 路地をじぐざぐに抜けて、茣蓙(ござ)に横たわる死体かもわからぬ人や何者かを飛び越えて、ルシルはどんどん光の差さない方へ走っていく。すえた臭いが強くなる。懐かしい臭いだ。汚泥の底の、暗渠のひとや。かつてカロが生きていた場所によく似ていた。でもここにミンミはいないし、ややもすれば死ぬかもしれない。鋭く風を切る音がして、とっさに腕を払えば錆びた刃を弾いた。勘弁してくれ。


「逃げるな!」と、後方一際大きな声が上がった。


「おめェの正体、割れてんだからな! エトワール=スターダスト・ジュスト・アユイ! ルネシア様と同じ星屑を名乗りやがって、この詐欺師が!」


「星屑の偽物め! ルネシア様を侮辱しやがって!」


「同じ魔女でも大違いだ!」


「魔女なんて、やっぱりロクなもんじゃねえ!」


 上がる上がる、罵声、怨言、誹謗の野次。言いたい放題だ。


「ま、魔女?」


 カロが狼狽えて問えば、逃げるルシルは大きな舌打ちを返した。


「本当についてないわ。ついてない上に気に障る」


 青金石の瞳がカロを射る。薄汚れて土埃に陰る隘路であっても、その瞳が鋭い光を失うことはなかった。


「あなたにとってはちょうどいいわね、カロ」


「なっ、なんにもちょうどよくなんか」


「甘っちょろいお子さまのあなたの目を醒ましてあげる」


「どういう──⁉︎ る、ルシル! 前!」


 先は拓けてはいる。ただし、三面を建物に囲まれている。

 袋小路だ。

 もう、逃げられない。


 ぱっとルシルの手が離れた。身を翻して反転、迫りくる集団に対峙するルシルは不敵に笑っていた。


 その声が魔女の科白を紡ぐ。


「──おいで、綺羅星(イミテーション)









挿絵(By みてみん)

次回、「騙り模る綺羅の魔女」

5/31投稿予定です。


次回のエンドカードというかアイキャッチというか、で、全身像カラーで出します。

かっこいいので、こちらもお楽しみに。


<世界救わない豆知識:銀聖教団>

サニフェルミア全土に普及する人間至上主義の宗教です。「人間がかつてなく追い詰められた」際、人間の誇りと尊厳を守るべく立ち上がった者たちが組織化し、旧世代の信仰を排斥して確立されました。サニフェルミアの基礎たる「バベルの神話」の編纂を行ったのも彼らです。

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