2-01 宗教国家ルグマシア
更新遅れてすみません。
「カロと嘘つき魔女」週一ペースで更新しようと思います。
マジャリス自治区から西方およそ五百キロメートル、日にして二十日の旅。コンバラリカ王国を抜け、エデュリス帝国の森林を越え、カロはとうとうルグマシア宗教国家の地を踏んだ。数十年前にクーデターに潰えた、オピウム幻想帝国の後継国家。それがルグマシアだ。ここは他の国といささか勝手が違う。
「なるほどねえ。好きな女の子のためにねえ」
荷馬車から荷を下ろしながら、カロはぶん殴ってやりたい。もちろん、たった今カロを煽ってくれたシャーリーを。実際には、シャーリーの口調は感心するような穏やかな口調だったのだけれど、ささくれだったカロの心はそれを素直に受け止めはしなかった。
「うるせえうるせえうるせえバーカ! どうせバカにしてんだろ⁉︎ オレのこと、だから弱いままだって言うんだろ!」
「なにをそんなに苛立ってんのよ。もしかして生理前?」
「死ね!」
カロはシャーリーを見上げてぐるぐる唸った。シャーリーは女だけど、カロよりずっと背が高い。というか、カロが小さすぎる。遅れて大欠伸をしながら荷馬車から下りるドグサレ神官も、飲みすぎて足下がおぼつかない老戦士も、小突いたら吹っ飛びそうな青白い顔の魔術師も、あるいは道行く人々のほとんどがカロより大きい。カロはいつになったら大きくなれるのだろう。強い男になれるのだろう? バカにされなくなるのだろう。
こんなザマで、ミンミに会ってもいいものだろうか?
「しかし、カロさんの想い人がルグマシアにいるとは。あの貴族さんのおかげですぐわかってよかったですね。はは、ずいぶんと物わかりがよくなっちゃって」
「たりめぇだろ。半異種族を造ってたなんざ、表沙汰になりゃ教団どころかこの世の怨敵扱いだ。下手を打ってバラされたくはねえんだろうよ。しかも、ガキ一匹脱走されたせいだ、なんざ安いプライドが許さねえだろ」
「ですかねえ」
カロとミンミ、たくさんの子どもを売り物にしていたクララック卿は今やカロ一行のパトロンである。渋々、仕方なく、どころか、否応がなしにそうならざるを得なかった。
あの騒がしい大衆酒場の隅に、盗賊上がりの雌犬が潜んでいることに気付けなかったカロ。要するに、全部が全部筒抜けになった。カロがクララック卿に突っかかってグラスの水を引っ被ったこと、ミンミについて問い質したこと、ミンミがもう娼館にいないこと──カロがミンミを好きだということ。
一夜明ければ、大人たちはお涙頂戴の冒険譚で持ちきりだった。もちろん、主人公、カロ。ヒロイン、ミンミ。悪徳娼館主、クララック卿。カロはその場で穴を掘って二度と出たくない気分に襲われた。死んでしまいたい。ファック。つうか、死ね。
結局、宿の床に穴をブチ開けるわけにもいかないから、カロは半泣きで喚き立てるしかなかった。クソ。ふざけんな。哀れみの目で、情けをかけるような声で。オレをバカにすんじゃねえ。
「カロ、アンタはミンミに会いたいの?」なんて、卑怯だと思わないか?
そんなの、会いたいに決まってる。ミンミが無事でいることをこの目で確かめたい。カロは思いの丈をぶち撒けた。そこからはあっという間だった。「じゃあ会いに行きゃいいだろ」と、ズビが胃病患者みたいな顔をしたクララック卿を顎で指す。卿はますます胃を悪くしたような面持ちで眉間に手をやった。
あれから一ヶ月も経っていない。クララック卿が白豚商会に書簡を飛ばして、ミンミの居場所を突き止めて、ほとんど引きずられるようにして荷馬車に放り込まれ、今日に至る。
「強くなってから迎えに行こうと思ってたのに」
サニフェルミア北部を照らす太陽は遠く、夏でも日差しは優しい。しかし、そんな日差しすらも嫌気が差すくらい、カロは滅入っていった。と、その日差しがはたと遮られる。見上げるより早く、頭をぐしゃぐしゃになでられた。
「カロ坊ッ……!」
なんだよ。毎日飲んだくれてるだけのくせに。
酒臭い息を吐いて、テディは親指を立てた。励ましてるつもりなのか。クソ。
「──で、問題はここからね。なんてったってあの貴族、『ルグマシアのどこか』までしか情報よこさないんだもの」
「顧客情報の漏洩は信用に関わりますからねえ。『ルグマシア』を聞くだけでも、あの卿は幾ら積んだのやら」
「どうせ悪どい商売で稼いでんだからいいだろ。金なんざ」
カロが口を挟む間もなく話が進んでいく。カロは歯痒い思いだ。ブロードソードを背負う革紐をぎゅっと握りしめて、いてもたってもいられない。
──そりゃ、会いたいけど。
「……ま、適当にその辺で飲みながらでも考えればいいわね。ねえ、カロ? アンタそれでいい?」
「…………」
今、会ってどうするんだ。だって、全然強くないのに。屍人屋敷で卒倒するくらい弱いのに。お金だってあのクソ貴族から出してもらわなきゃここまでこれなかった、なんて、どんな皮肉だ? 諸悪の根源はあの貴族じゃないか。支離滅裂にも程がある。
「……ちょっと、カロ?」
カロは金を積んで試験をパスしたから、E級冒険者にはなれた。けれど、基本魔術を扱えないカロはもともと「適正なし」と判断された身だ。これ以上の昇級は困難を極めるだろう。ということは名声も上げられないだろうし、権力者たるUクラスなんて夢のまた夢だ。
「…………」
カロは黙り込んだ。大人たちが顔を見合わせて困惑している。カロはそれを、自分をバカにしているのだと思う。呆れられているのだと思う。他人のために手を焼いて、くだらないって。
もう、限界だった。
「うわあああああああーーーーーーーーーーーッ! もうッ! 知るかああああああああーーーーーーーーッ!」
力の限り叫んで猛然と走り出した。
ちょっと! とか、おい! とか。そんな声が背中に届くより速く、こんな速く走れたのか、と自分でもびっくりするくらいに速く。走りながら叫んだ。叫びながら走った。周囲の奇特なものを見る目なんて気にならなかった。カロは自分のことで一杯いっぱいなのだ。
馬車の往来を、ときに轢かれそうになりながら縫って走って、横道に飛び込んでは目抜き通りに飛び出して、また隘路に走り込んだ。そうやってめちゃくちゃに走っているうちに、カロの脳裏にありえない妄想が上映され始める。ルグマシアのどこかにいるミンミ。妖精のように美しい、徒花の少女。きらめく金髪をなびかせて、もしかしたら、そこの裏道に。偶然、ばったり、たたずむ彼女がいるんじゃないか。ありえない。そんなのは願望だ。願望でなにが悪い。クソ。
そうして裏道に飛び込んだカロは、とうとう見事な正面衝突を果たした。
「いっ……」
背中から倒れ込んだ姿勢から起き上がって、まず視界に飛び込んできたもの。
星屑を散らしたような金髪が、カロの目の前で揺れていた。
次回、「お尋ね者のルシル」
というわけで、新章開始です。カロ、ミンミと会えるといいですね。
さて、転移転生でも美少女とキャッキャウフフでも無双でもない本作ですが、むしろ、初っ端から登場人物全員ドン引きムーヴをかましてますが、とうとう500PV達成しました。ブックマークも二桁、いただいていおります。嬉しい。さてはみなさま、物好きですね。今後とも応援よろしくお願いします。
<世界救わない豆知識:Uランク冒険者>
「冒険者のランク」にてご説明したSランクより上の三つのランクのうちの一つです。Uランクでは、実績以外にも血統、資産、種々権力者からの推薦等が必要になります。コネクションが必要な世界なわけです。というのも、Uクラス冒険者はしばしば上級クエストの指揮官を担いますので、強さ以外に求められるものの比重が大きくなるため、信用のある他者からの担保は必須であるためです。