七、
「お、また居る」
南は、向日葵の背中に声をかけた。
空は朱に染まっている。通行人たちは夏の余韻を胸に残したまま、足を運んでいた。
「朝方は、なんでも綺麗に見える」
そう言って、南は向日葵の隣に腰を下ろした。隣を横目で見る。向日葵は水の入っているペットボトルに視点を合わせていた。
小さく笑い、南はコッペパンをかじった。
「よかった」
そう嬉しそうに南は口がにやけるのを必死にごまかす。向日葵はそれを見ようともしない。
電車が、忙しない音を立てて二人の真上を駆けていく。それが心臓の音に似ていて、南は何かを押し殺した。
暑い夏が終わり、季節は移ろいをその跡を後ろに引きながら秋になろうとしている。
——彼女は一向に喋らない、ただトゲは抜けたようだ。と、南はそう解釈をした。
そのまま昼間になった。南はふと心持ちが悪くなり、向日葵の名前を呼んだ。彼女は、その瞳で南を見つめた。
その瞳は酷く澄んでいて、しかしながら薄く靄を取り込めていた。南の鼓動が躍動する。痛いほど、その瞳は真っ直ぐで震えていた。
南は出しかけた手を、引っ込めて立ち上がった。
「向日葵、行こう」
彼女は頭を横に振った。
「このまま、毎日ここにいるの? 」
向日葵は答えなかった。彼女が今とて苦しんでいるのが嫌というほど、その瞳から思い知った彼は何も言えなかった。
南が彼女の事情を何も知らないわけではなかった。噂は学校でも充満していたし、好奇な視線で彼女を見ているのもわかっていた。
ただ、彼女の奥に沈殿している暗い感情を感じ取る者は誰もいなかった。「それくらい」で済ませてしまうほど些細な出来事だったからだ。
その瞳が、彼の胸に焼き付いた。