六、
今日学校から連絡が入りましたよ、と和美は言った。
すみません、と向日葵は頭を下げた。
「みっともないわ」
すみません、と向日葵は俯いたまま決まった言葉のように機械的に言う。向日葵は喉元を摘んだ。
向日葵は母に謝られると、決まってその癖をする。おかげで、いつも首もとは僅かに赤い。
「そういうなよ、いいだろう、たまには」
だって、と和美はヒステリックを起こした。
「私はそのことを言っているわけじゃないのです! この子ったら学校に何も言わずにいたのよ! おかげで私まで! 」
と、そこで和美は我に返った。目を細くして、向日葵を見る。向日葵は箸を置いて、下を向いていた。
「・・・・・・とにかく、次私に恥をかかせたらご飯抜きにしますからね」
はい、と向日葵は返事をした。その過度な素直さの反面、手は力を入れすぎて爪痕が残る。その痛みで向日葵は自分を保っていた。
「やめてやれ、飯が不味くなる」
父親は、娘に同情の視線を向けて不味いといったご飯を食べて黙り込んだ。この肩身の狭い息苦しさの中で、父は唯一向日葵に微小の理解を示しているように見えた。
向日葵がパジャマに着替え洗面台に立っていると、父親が横に並んで歯磨き粉をたっぷりと歯ブラシにのせた。二人は会話が少ない。向日葵はこの瞬間が好きだった。だが、向日葵はその父の態度の違いを敏感に感じ取っていた。
案じた通り、父親は口を開いた、
「何か、あったのか」
と、父親は鏡であご髭の剃り残しを入念に見た。向日葵も自身を見て口元に無理矢理な笑みを浮かべた。
「何も、ありません」
そうか、と父親は何かを言おうとしたが歯磨き粉と一緒に吐き出した。向日葵は心底ほっとした。
部屋に戻り、机の前の椅子に座る伸びをしてみた。この瞬間が、向日葵の一種の治癒的療法であった。
ベットに寝そべり、仰向けになって目を瞑る。
何故だか不思議にも、苦手だった南の顔が思い浮かぶ。南は何か特別なことを言うでもなく、側で独り言をブツブツいっていた。それだけなのだが、向日葵はそれが良い思い出になった。そんな些細なことが。
向日葵は涙を拭った。枕が濡れているのを見て、少し笑うとしばらく涙が流れた。