十九、
真ん中に座った佐藤は言った。
「田中も用がある、南も用があるからきたと」
コンビニエンスストアの前に男子学生三人が車止めブロックに腰掛けて、田中と佐藤は肉まん、南は魚のすり身で作ったあまじょっぱい駄菓子を食べていた。
空は曇っていた。佐藤の調子は用事も無く低かった。
「・・・・・・で? 、田中の用っていうのは」
「あ、俺? 俺・・・・・・は。南」
南はひとつため息をついて、田中を見た。なんだよ、と一言。
「なんだよとはなんだ」
田中は立ち上がって指を差す、相変わらずのことで慣れた佐藤はそれを抑えて、南にも言い方が悪いと注意をした。
「悪かったって。それで、何の用なんだ? 」
「俺、俺、向日葵が好きだ」
なに食わぬ顔で肉まんを食べていた佐藤が、飛び上がるように立ち上がる。
「田中、それは言わない約束だろ」
「なんでいっちゃいけない! 」
「向日葵はもう、人の女なんだって」
「好きなもんは好きだ! 」
南は到底、それどころではなかった。それに、向日葵は自分から離れない自信があった。
「はいはい、別に好きなのは勝手だけど。手は出すなよ」
「いやだ! 今日、告白するんだ」
「告白!? 」
南ではなく佐藤が驚いて、肉まんを落としそうになる。
「そうだ、告白」
南は途端に、胸を振り動かされ不安になった。相手が相手で、しかも向日葵は簡単に人になびくような女ではないことは百の承知であったが、ふと棚木との出来事を思い出して今すぐにでも向日葵のところに駆けつけたくなった。たが、一言聞かなければいけないことがあった。
「佐藤この間、不思議な男がこの辺りを歩いてたって言ってたけど」
佐藤は既に元通りであった。
「ああ、ひまわり畑のお兄さんでしょ? 不思議な人だったねー、なんで俺らにひまわり畑なんて。ていうか、今度ひまわり畑いかない? 」
南はしばらく考えた後で顔を穏やかにした。「もう枯れてるよ」
そう言ったが、本題はそこではなく。とにかく南は頭の中から棚木を取り出して消したくてたまらなかった。
「その時、コンビニには立ち寄らなかったか?」
その言葉に俯いて、田中は向日葵のことをぶつぶつと言っていたが顔を上げた。
「俺その時、見てたんだけどさ。百均に入って
迷わずキッチン用具のコーナー行ってたぞ」
「田中、そんな見てたの? 」
佐藤が口を挟む。
「佐藤がその時、俺のあんまん食ったんだろ」
「えー、そうだっけ。たしかにあんまんは食ったけど」
南はその会話に終始、頭を使っていた。
「コンビニって、このコンビニか? 」
田中は、両手を組んでうなずいた。
「ああそうだ、ここのコンビニだ 」
三人が座っていたコンビニは、全て100円で物が売っているチェーン店で東京ではどこでも見かける店だった。たしかに外からはクリアに中が見渡せるようになっていた。
人の足音が近づいていたことに、三人は直前まで気づかなかった。
「なーに、話してるの? 」
その言葉に三人は飛び跳ねると、田中と佐藤が指を差した。
「南、この前のひまわり畑のお兄さんだよ! 」
南と棚木は、しばらく猫と猫が目を合わせるように互いを見ていた。最初に逸らしたのは南で、棚木はその二人に声をかけた。
「やぁ、僕のこと覚えててくれたんだ」
「あ、はい」
佐藤は疑いのない目で、棚木を見た。言うまでもなく田中も色々質問を投げかけては、意味のわからない対応に腹をよじって笑った。
「なんだ、お前も知ってたのかよ南」
「知ってるもなにも、仲良くしてくれてるよ南くんは」
「でも、なんで言わなかったの? 」
訝しげに佐藤は南を見る。南は顔を逸らして、立ち上がった。
「ほら、言ったら紹介しろうるさいだろお前ら」
「田中はともかく俺はそんなにじゃないかな」
冷静ではなかった。南はこの謎の男に、頭を揺さぶられるかのように彼にしては衝動的に動いていた。確かに田中はともかく、佐藤には棚木が棚木であることぐらい話してもよかったかもしれない。だが、誰も彼から口に出す真実を信じることはできないだろう。頭の中で交差するそれらが彼を狂わせようとしていた。
「そろそろ帰らないといけないんじゃない? 君たち」
事実、目の前で成人らしく振る舞う棚木の憎めない人徳の前に二人は疑ってもなかった。
「はーいはーいあ、こんどひまわり畑、連れてってください」
佐藤でさえ、その田中の軽率な言葉の前に止めもせずに俺も俺もと声をかけていた。なにより彼は南の知り合いなのだ。誰も棚木を疑わなかった。
どうしようかと見守っていた南であったが、棚木は「僕が君たちを連れて行くことはないよ」と冷めた顔をして立ち去っていった。唖然とする彼らたちの前で南がすることはなかった。南の中で、キッチン用具に置かれている鋭利な物だけが不安に残った。




