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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第四章
59/65

十六、

 木立の影から日が溢れて三人の頬に溢れて落ちていく。向日葵が眩しそうにしているのを南が見つけて、その頭に彼女が脱いだばかりの麦わら帽子を被せた。砂利道を歩いているので時々、彼女が転ぶのを南と棚木は注意していた。

「暑いんだもん」

 だから脱がない方がいいよって言ったんだ、と南が説教をしてたら向日葵は仕方がなさそうに深く被った。そんなシーンまで彼は美しく見えたらしく例の音が聞こえる。

「いちいち撮られてら叶わない」

 顔をしかめて言いながら、逃げるように山を上っていく。南は走ったら危ないと言いながら追いかけていく。棚木は面白そうにそれを撮った。

「撮るなってー」

 言いながら向日葵は南に捕まって笑い声を上げた。



 旅に出る前。言い出しっぺの棚木は事件のよく起こるレストランで、はりきって雑誌を広げた。

「なかなか現実的ですね」

 半分乗り気な南はジュースを吸いながら、棚木の立てたプランに口を出す。旅に出ることよりも、計画自体が面倒臭そうに向日葵は片目でそれを見ているだけだった。

 棚木はカメラから目を離して彼女の後ろ姿を見る。やっぱりショートパンツの方が似合うなと確信しながら、口よりも乗り気な活発さに笑みを浮かべた。

「結構、自然あるもんですね」

「ちゃんと調べたよ」

 南は先行く向日葵の背を見守りながら、棚木に話しかけた。向日葵を見ていた棚木は、晴れた空のような瞳を日光の中に南を見た。

「あなたは一体誰なんですか」

「僕について聞いてるの? 」

 南はええそうです、当たり前でしょうと厳しい顔をして聞いた。

「必要あるかな」

 と棚木は一つ笑ってその目を確かめると、話し始めた。

 ・・・・・僕の親は国際結婚だった。ネパールと日本人のクォーターって言ったら君は驚くだろうけど。瞳の色? ああそう、僕は変わっているらしいね。大体の人が茶色やまたは黒いだろう。でも僕は、っていってもほらよくみてご覧。———南は言われた通りよく見てみた。男と男が顔を合わせて変な気分だったが、その瞳は確かに黒かった。だが光に反射すると青く透き通るらしかった。棚木はまた話し出した。

 れっきとしたネパール人の血が通っている。まあ、話が飛ぶからここまでとするけど。血筋なんて、しょせん関係ない。ここからはネパール人も日本人も関係ない耳で聞いてくれ。世にはありふれた話のようだけど、僕は父親から虐待を受けていたんだ。母親も止めずに傍観していた。日本でね。保育園の時からその話は保護者との間で出てたらしい。僕もそれの一部を目撃しているからおかしいとは感じていたけど。虐待が浮き彫りになったのは小学校を出てから。体育の時着替えるときにそれは発覚して、父親もうかつだったらしい。母親も馬鹿だった。体のあざをあの教師は訴えたらしいけど上が保身に走る人でね、その教師はなぜか首にされたさ。ああ、話が重いだろうね。けど君が聞いたんだ、最後まで聞いてくれなきゃ。

 さっき君は僕が誰なんだか聞いたね。簡単さ、僕と美樹は高校二年生で僕は三年生だった。つまり高校が同じだったんだよ。ああ、その顔は美樹からは聞いてないんだね。僕は君らと二つ離れてるよ。わかってる、君が本当に聞きたい話はそれじゃない。なんで、向日葵ちゃんを好きになったのか。

 ———砂利道を抜けると、道がだんだんと開いてきてそこからは真っ青な海が見えた。

「あーあ、海に行きたかった」

 そこで二人はようやく彼女が皮肉屋だったことを思い出した。そこまではまるで彼女が幼い純粋で腕白な女の子に見えていた。

「言わなくてもわからないかな、彼女は皮肉屋でどうにも捻くれている。それなのにあの瞳は、人を釘付けにする。僕は彼女と言うよりもあの瞳に惚れたのかもしれない」

 向日葵、と南が呼ぶと彼女は愛する人を真っ直ぐに見つめた。棚木はその視線の先にいる南を捉えて離さなかった。その視線に耐えきれなくて、またその彼女の愛しさや急に湧き出た独占欲に対して自ら負けて出た。

「綺麗だよ、二人とも」

 南はもう棚木を見ることはなかった。遠くに広がる海原は強烈な太陽の光に反射してそれは美しく映えていた。ショートパンツの少女の肩をくっきりと際立て、儚く彼らを魅せていた。



 山から戻ると、棚木の車の後部座席で男女二人は肩を寄せ合って疲れて眠っていた。随分と、素敵な一日になったと向日葵に対して疑わなかった。それくらい彼女はぐっすりと眠っていた。南と時折目があった。彼は警戒しながらも起きては寝てを繰り返していた。

  棚木は運転をしながら、これからの決まった目的について考えていた。夏休みがあっという間に終わろうとしていた。この出かけた後の事は、何もする事がなかった。初めて考えた、したい事を終わらせるのを彼は苦痛な手作業のように感じていた。

 目の前のことは何も見えなかった。ただ闇雲に日々を食い尽くす虫のようなる未来しか浮かばなかった。

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