十五、
華やかな表情は無となった。目の前にいる少女はその視線の先を見る。南だった。その不覚に、普段冷静沈着な彼も慌てて笑顔を取り繕ったが、その目は悲しそうであった。
あの、その、と言いかけた南に対していつのまにか気楽な顔をして首を傾げている棚木。気のせいかと自分の勘を疑ってしまいそうなほど一瞬であったのだ。
疑いもしない向日葵はいつもの棚木に、なんだいつものあんたじゃないかと皮肉を込めた冗談を言うので、二人が作った空気は簡単に紛れて消えてしまった。
「三人? 」
向日葵がわざと嫌な顔をすると、棚木はカメラを持つようなポーズをとって冗談っぽく言う。
「僕は写真撮るから」
「カメラマンなんかいたら邪魔でしょうがない」
向日葵は有難迷惑だということを縷々と述べたが、やがて承諾した。カメラマンね、と念を押して南と手を繋いだ。南はしっかりと握られた手に安堵したのか、暗いものはない目でしっかりと棚木を見た。
棚木の目は常に男と女を交互に見ていた。笑みを崩さず美しいシーンを見つけるとシャッター音を鳴らした。その度に二人は苦笑いをするが、その音が二人をよりロマンチックにさせていなくもなかった。
棚木は二人の壁になることを避けつつも、そこに居ようとした。自分は二人の影のようにあくまでも景色の一部として漂っていた。彼の撮った写真はどれも明るい将来を示していた。
「棚木さん、貴方は向日葵が好きなんですか」
南は時々こういった。彼の声色には深刻なものを秘めてはいなかった。どう聞いてもおふざけの一貫であった。棚木は「そういう好きじゃない」とカメラばかりを見た。向日葵はを仲睦まじい男子が戯れているとしか捉えてなかった。
「それより、そのさん付けやめてくれてもいいんじゃないかな」
「いやですよ、気色悪い」
棚木は声を上げて笑った。
不思議なはずの構図の三人は違和感のない一枚の写真となって向日葵の部屋にも飾られた。約束の日は近付いていた。
「向日葵さん」
向日葵の母親は穏やかかその背中に声をかけた。母親は眉を八の字にしていた。
「もう、棚木さんとはさよならなさいな」
いきなりの事に向日葵は睫毛を二度合わせた。
「なんでよ、お母さん」
砕けた口調も当たり前になった間柄、母親はまた意見をした。
「奈央人さんのことも考えなさいな。年は三つ離れていても男と女は関係ないんです。向日葵だって、奈央人さんが他の女の子と仲良くしてたらよろしくないでしょう」
向日葵は初めて我に返ったように、唇を噛み締めて言い訳を探した。しかしながら母の挙げた例えに自分を当てはめて考えると否定しにくいものがあった。
見かねた母は顔を和らげて「わかったら、けじめをつけなさいね」と温かなミルクをしっかりと渡して、テレビのする居間へ戻っていった。父親の声が聞こえた。
書斎のドアを閉めて、向日葵はまた彼へと目を合わせた。青い瞳は写真からでも揺れ動いて見えた。どこか痛々しい感情がその瞳から離せない正体だった。
カレンダーの約束はあと三日ほどだった。その日をまぶたに浮かべると、楽しみにしていた気持ちが戻って、たった今決別しようとした決意がないまぜになってしまった。
三人を二人にすれば、胸が静まり平穏な日々が続くのは目に見えてわかってはいたものの、その瞳を見限れないでいた。
「相変わらず、人を情に絡めるのが得意な奴」
突き放した言葉は鈍く重く頭に跳ね返ってきた。せめてあの日だけはと、大きなひまわりのシールを貼ったカレンダーを睨んだ。
「一番大事なのは・・・・・・」
答えは明白であった。ふとステンドガラス越しから薄明かりが見えて間もなく夜なのだと気付いた。
朝になると向日葵は早々に家を出て、門を開くのを待って図書室へと向かった。宮田は奥の方の棚木にある小さな椅子に座って本を開いていた。やはり分厚い本であった。
「日暮れさん、久しぶりですね。永らく連絡もなしで」
宮田は拗ねたように言った。向日葵はごめんと詫びて訳を話すと、眩しいものを見るように向日葵を見上げた。
「三角関係、か。僕には程遠い話ですね」
「そこが問題ではなくて」
向日葵は言いながら、もう一つあった丸いクッション性のある腰掛けに座った。
「宮田だったら、ある友情が恋愛と一つの繋がりを持っていたらどうする? 」
宮田はややこしい言葉の綾に一寸考えてから、口を開いた。
「・・・・・・つまりそれは、日暮さんを除いたどちらかの男性が日暮さんを好きってこと? 」
「いいや、片方に恋愛感情はなくても片方にはそれが邪魔な存在ってことだ」
宮田は唸って、ややこしいけども親切に答えた。
「片方言うと、どちらかはつまり南くんだよね? そして間違いなく彼は向日葵さんに恋愛感情があり向日葵さんの愛情もそこに注がれている・・・・・・となると、その片方が恋愛感情がない人物だね。僕にはわからないけど、一般的には南くんを優先するべきなんじゃないかな」
宮田は考えすぎて疲れた様子で、向日葵を密かに羨ましがった。友情も恋情もある、世間的に最大公約数に値する人として眩しく見えた。




