九、
南は唖然とした。
「今なんて? 」
「考えたんだひたすら」
と彼女は地面の小さな石を転がした。その石はやがて水路に落ちていった。
「だから、小説家になるのやめる」
そう言う彼女が涙声になっている理由がわからなかったが南はそうか、とため息は呑み込んだ。
「ずっと悩んでいたんだ。小説家になる夢と好きな人との時間の無さに」
間が空く。
「今までここまで続けられていたのも、全部。南、いや奈央人が私を励まして応援してくれたからだ」
そこまで言うと向日葵はそっと手を差し伸べた。南はその手を固く握った。自らに引き寄せて、向日葵の背中に腕を回した。
生暖かい風は、二人の心の忙しなさを煽いでいく。南はほんとうにそれでいいのかと向日葵が家に帰るまでとうとう言い出せなかった。向日葵を失いたくない。そんな悲しく惨めな心で埋め尽くされてた。
その後、二人は毎日のように会っていたし喧嘩もなく仲良くしていた、だが。
「向日葵・・・・・・聞いてる?」
その言葉に現実に帰ったのか彼女は縁側の向こうから視線を南に戻した。
「あ、ごめん」
「ほんとうに大丈夫か? ずっとそんな感じだけど」
向日葵は笑って、首を振る。
「元から、物思いに老けてるタチだからさ」
「・・・・・・どうだか」
もう一度どうなんだろうな、と猫を触っていうと珍しく短く返事をした。
それから三日ほど後の事であった。南は向日葵の家に行こうとして十字路を歩いていた。空は明るく晴れ晴れとしている。南は足元を見て歩いていた。
声が聞こえた。その愛しい声の方に顔を向けると南は顔を歪めた。
「あの男・・・・・・」
以前、アンの買い物に向日葵と共に連れて行かれた日の事と嫉妬で膨らんでいく。彼女らはベンチに離れて座って何かを話していた。本人達に恋愛の素質がないのは向日葵を見れば明白であったが、片方の男の容姿とあの滲み出る不思議なオーラに嫉妬せざるを得なかった。もしかしたら、向日葵をとられるかもしれない。
向日葵がベンチを勢いよく立った。男はそれを見て面白そうに手を振る。向日葵は調子を狂わされて早足で公園から出てきた。鉢合わせをした南にびっくりした顔をする。
「奈央人、奇遇だね」
「・・・・・・なんであいつと居るの?」
「あー、ホントめんどくさいよアイツ」
南は文句をぶつくさ言いたい向日葵を遮った。
「俺が聞いてるのは、向日葵。なんでアイツと一緒にいたのかだよ?」
彼が怒っているのを見て、察しがついた向日葵はその訳を話した。
「つまり、公園にボーッとしてたらアイツが絡みにきただけ」
「・・・ふーん」
文句ありげな顔で、ふいと南は前を歩く。
「絶対浮気だけは許さないから」
「浮気? 私がそんなことする人間ではないことは南が百も承知なはずだ」
「わかってる、けどさ俺はこの感情をどうすることもできない」
南は向日葵を見送ってから家へと帰った。黒や白でまとめられたモノトーンの部屋はがらんとして味気ないものだった。母親が階段から上がってきて晩ご飯の知らせをする。南が食欲がないから食べないというと母親は「奈央人、最近どうしたのよ。たまには無理してでも食べなさい」と盆に載せられた控えめなお味噌汁とご飯を渡して下りていった。
スマホを開くと、待ち受けに向日葵の笑顔が写っていた。
「あいつは浮気なんてしない、よな」
考えていた言葉は口をついて出ていた。南の心には疑心が生まれていた。
「好きなんだって」
手で顔を覆って、深く深呼吸をした。




