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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第四章
46/65

三、

 和美 二十五歳 帯昌 三十歳。

 二人の結婚の時期であった。この時は和美は大人しく穏やかな娘であったが、義母の陰湿な意地悪に気を揉みその瞳は徐々に鋭利になっていたった。

 帯昌は洗面台の前で、髭剃りの後を確認してからため息をついた。その隣にいる娘をみて、渋々声をかけた。

「お母さんのこと、許してやってくれないか」

そのことですか、と向日葵は言った。

「お母さんは、決してお前を愛していないわけではない」

 向日葵は目線を下にずらした。鏡越しだったのが直接に映り父親の目と自分の目を合わせる。

「別に、もう恨んではいません。でも、それなりにブランクはあるのでどうかご理解をください」     

 そうして娘は出て行った。一人残された帯昌は、胸に何か傷をつけられた気分でいた。そこで、そうかとまた自分で傷口を広げるように心が傷んだ。

「そうか、向日葵はこんな思いを」

はたりと、鏡に映った顔を見てくすんでいることに時間の流れを感じ、その場を後にした。父親には父親の書斎が設けられている。父親はそこに常にこもっていた。

 何もせずに肘を机にかけて、思いふけて無駄な時間に歯痒くさせられて目の前に置いた古い手帳に目を落とす。ページを巡ったが今となっては役に立たない無駄が気だらけで、娘のことはほんのちろちろしか載っていなかった。そのシワのある握り拳で深く膝を打って、歯を食いしばる。

「俺は、どこにいても木偶の坊だ。自ら進んで望んだタチの悪い大人だ」

 娘には顔を合わせられないと、机に顔を伏せた。

 起き、窓から街の灯りを拝んだ。紫や青系統のステンドガラスが光っていた。立ち上がり、書斎から出て弛んだ足取りで娘のプライベートの戸を叩いた。

 その静けさから気配さえ窺われなかったが、戸が開く。なんですか、と相変わらず他人行儀な娘に口を開いた。

「たまには、二人で散歩にどうか」

 娘は目を見開き数分固まっていたが、戸を閉めてその中でクローゼットの金具の音が微かに聞こえた。

 冬になっていた。足先まで凍えるような厳冬。暖房が聞き過ぎて麻痺をした体にはとても辛かった。帯昌は少々薄着だった。

 娘は自分の一歩後ろを守っている。真っ白なコートが似合うのは相変わらずだった。喉元を見ると、雪の様に白くて帯昌は安心する。

「背も伸びたな」

としみじみ言うと、娘は頷いて「もう、私も子供ではありません」と言って小さな手に息を吹き込んだ。

 娘が幼少の頃の名残で、思わず手を伸ばそうとしたが手を袖に潜めた。

 空は曇っていて、地面も冷たい。都の冬景色は寒いばかりで足元が良く滑る。

 帯昌は何を話せばいいのかと、頭で思いを巡らせるも答えは出てこない。長年のブランクと娘の言葉。

「お父さん、何をしますか」

 こんな風に固い言葉遣いも、他人行儀で親としては心許なさに目を伏せてしまいたくなる。恐る恐る娘を見据えた。

 永らく娘と目を合わせてなかった。その瞳は寒空の下、透き通る黒だった。そうだ、と今更思い出して帯昌は情けなくなる。繊細な娘だった、と幼少時に枯れそうな花に一生懸命水を与えていたぐらいに。

 そんな娘が、あんなことを。と、金髪になった向日葵が頭を掠めて胸を痛めた。死にたくなるように、恥ずかしくて書斎に篭ることまで考えて頭を振る。逃げているに過ぎない。

 落ち着いた声が聞こえた。

「お父さん、そんな目で私をみないでください」

 そこで帯昌は足元を止めていたことに気が付いた。

「すまない、今までほんとうに」

「いいんです、お父さんだけが理解者でした」

 娘は、と情けなく思いながらも帯昌は涙を拭った。

 娘は笑っていった。

「私は恵まれています、人に」

 幸せそうな顔を、帯昌はどう見れば良いものか。幸せにさせることを、他人にさせた自分を。向き合わなかったことを。どうその瞳に映せばいいのか。

「お父さん、どうか自分を責めないでください。言い方が悪いかもしれませんが、貴方と母のお陰で私は人の有り難さを知りました」

 私は恵まれています。とまた噛み締めるように娘は最後に言い残した。



 


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