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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第三章
43/65

十六、

さすがにあまりに篭っているようでは、親ばかりか友人たちまでざわめく。書斎のドアを叩いたのは南だった。向日葵が開くと、互いに目が合った。

「向日葵」

「南、どうした? 」

「どうしたじゃないし」

南は一歩入ろうとしたが止めて、言った。

「ここには入らないけど、たまには顔を見せたほうがいいと思う」

 向日葵は考えた。確かに、ここ一週間はシャワーやトイレの時くらいしか書斎を出たことがない。

「いやでも、公募に急いでるから」

「って、言ってスランプだったりして」

向日葵はうつむいて押し黙り、南を見てうなずいた。

「図星か、じゃあ行くぞ散歩」

 散歩、と聞き返して向日葵は後ろを振り向いた。窓の外は白く染まっていた。こんな雪の日に、と気が向かないまま「待ってて」といいドアと鍵を閉めて、クローゼットから白く生地の柔らかいコートを羽織った。

 外は寒かった。南も寒いと言いながら、ネックウォーマーを上げて口元まで覆った。

「たまには、散歩もアイデアにいいらしい」

 向日葵の目は次第に見開いた。南は自分のために視察してくれていたのだ。

「日頃思ってはいたが、なぜ南は私をそんなに大事にしてくれるんだ? 」

 向日葵に検討がつかなないのは、自分が南にそれほど関心を抱いていなかったからであった。

「んー、向日葵が好きだから」

 冗談半分に言って、ふと真剣な顔になる南。

「いや、ここでそんなこと言われても」

「でも好きなんだってば、中学生の頃から」

 最後の語尾を強くして話し出した。

「俺は向日葵に何度好きだって言ったことか、なのに一度向日葵は何の関心も寄越さず」

「それは、ごめん。だけど非常に私は南に興味を惹かれた。これが何かはまだ見当がついていない」

 南の顔に歓喜が漲る。彼はクールに努めた。

「そう、俺はいつでも待ってるから」

 向日葵は、待ってくれるのかと思いながら木や花に目を配った。片栗粉を潰すような足音。目や耳に感性を研ぎ澄まして歩く。

「なにしてるの、そんな色々見回して」

「散歩にはアイデアの泉があるんだね。今つくづく実感しているよ」

南は、特に何の返事もなしに小さく頷いた。そして、近くにカフェを見つけると向日葵を呼んで足を向けた。

カフェに入ると二人は息を吐く。窓辺の席に腰を下ろして、向日葵はココアを南はケーキを二つ頼んだ。

「え、ありがとう」

「好きな女だから特別」

めんどくさい、と向日葵は密かに可笑しく思った。こんな捻くれてる者を好きになってくれるんだな、と。

 そういえばと思い出す。以前にアンに好きってなに、と聞いたことがある。向日葵は自嘲して笑った。アンは、その全てを教えてくれた。向日葵はその憧れに想いを重ねる。短い夢だったな、と空を飛ぶ小さな鳥たちを見ていた。

 お待たせしました、と店員が品を運んでテーブルの上に置いた。

 目の前のケーキに固まった向日葵を、訝しげに見ながら不安に思った南。大丈夫か、いらなかったか、と言ってようやく「ありがとう」と向日葵は口にできた。

「いま、胸がドキドキした」

「・・・・・・ほんとに? 」

 南はこの女はいま俺に惚れ始めている。念願の女を自分の腕の中に包み込める。そこまで期待したが、向日葵は首を傾げた。

「とりあえず、食べようか。美味しいからこれ」

 南はそのガトーショコラを口に入れる。向日葵はその味に涙を流した。南は何かもあったのか、と自問自答したが涙を流させるようなことはしていない。

「いや、ケーキ久しぶりに食べて」

 その言葉さえ嗚咽だった。しばらくして落ち着き、目を伏せながらいった。

「ありがとう、小さい頃の時を思い出したよ」

向日葵は五歳の記憶の一部を鮮明に覚えていた。母の笑顔、父の笑顔、自分の無邪気に喜ぶ姿。

「・・・・・・そうか、ならよかったけど」

と、また南はケーキにフォークを下ろした。甘い味が口に残って、満足した南は水を飲み、まだ食べている向日葵を見ていた。

 長い睫毛に、色白の肌。ショートカットだがまたこれが似合っているものだった。品が良かく、綿毛のようにふんわりとどこか行ってしまいそうな。

「向日葵、俺はお前が好きだよ」

「それさっきも聞いたよ」

 だがこんな具合では始末がつかない。思い悩んでいる間に向日葵の皿は綺麗に片付いていた。二人は店を出る。

 外は除雪作業が進んで、歩きやすくもなっていたが滑りやすくもなっていた。南は勢いまかせに向日葵の腕を掴んだ。「転ばないように」と。


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