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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第三章
41/65

十四、

 向日葵は家を飛び出した。ピンクのマフラーを首に回して、寒い空気の中凍えているのも知らずに走った。

 こんな深夜に呼ぶなんて珍しい。よっぽどの事があったのだろうか。私のことは嫌いじゃなかったのか。向日葵は怖さと期待の中に闇を走る。左右に結んだツインテールが揺れる。

 行き交う人の中に、何度もぶつかり謝ってまた走る。途中警官にも怒鳴られた。走り抜いて、やっとそのアパートへと辿り着いた。

 ドアを叩くとゆっくりと開いた。アンはどこか憔悴仕切ってて、その場に立ったままだった。向日葵は早く入ろうと、アンを促した。

 二人はテーブルのある所に、二人横に並んで座った。窓から月明かりで薄明るかった。二人は黙っていた。向日葵はどうすべきかと、アンは何も話せなそうだし自分はどうしたら良いのかわからない。

 やがて、向日葵はアンの背中に腕を回した。アンの体がびくりとしたが、そっと母が子供をあやすように背中を撫でた。次第にアンは安心したように目を瞑る。

 向日葵を自分から離してその瞳を見つめた。

「やっぱり、綺麗な瞳だ」

「アンも、やはり綺麗だ」

二人はそこで笑った。しばらく他愛のない話を、お互いのことには触れずにしていた。だが。と向日葵は改めてアンを見た。向日葵の手は震えていた。

「何が、あったの 」

「蓮が・・・・・・」

アンは泣いた。泣きながら、その胸の内を曝け出した。初めて、アンは自分のことを吐き出した。

 向日葵は決して、蓮と別れろなんて言わないと決意していたが、それは、その結果はとうなるんだろうと考えて息を呑んだ。

「あんな、やつ。捨てちまえ」

 向日葵のその言葉にアンは何も抗う姿を見せず、言った。嗚咽をこぼしながら「もう、いやだ。もう、疲れたよ。なんで、愛してくれないの。なんで、俺だけを愛してくれないの。俺、楽しみに待ってたんだ。でも、蓮は他の女と」

 向日葵は手を握り締めた。痛いほどに。許せなかった。長らく一緒にいた自分は、アンの痛みもよくわかった。何より、自分も似たような物を持っていたからだ。

 向日葵は叫んだ。

「そんなやつ、捨てちまえよ」

 アンが、向日葵を見上げる。唇を噛み締めて頷き、涙を呑んだ。向日葵はアンを抱きしめてしばらくそのまま二人は目を瞑り、目を開ける頃にはアンはけじめが付いているようで、彼の持ち物をまとめた。合鍵は、会ってから返すように言うよとアンは言っていた。向日葵はそれが懐かしいようで、目を細めた。やはり彼女は男勝りなアンが好きだったのだ。

 そのまま二人は一緒に眠り、翌日ゴミを捨てた。

「あーあ、人生無駄にしてたな」

晴々した顔でいうアンの隣。向日葵はこう返した。

「いいや、その分素敵な人に会えるさ。アンはかっこいい。どうだ、南とか」

 アンは大笑いした。

「あくまでそれなんだな、南かぁ」

「なかなかない良い男じゃないか」

 少し笑ってから、確かにそうだなといった。向日葵の中で彼はそのような存在だった。何度も支えられたし、何度も守られた。彼なしで話は今頃はどうなっていたかはわからない。

「私は、恋愛に興味がない」

そういう向日葵にアンは、そうだなと空を見上げた。釣られてひまりもみる。

 曇を追っ払った青空に、飛行機雲が線を伸ばして駆けていく。

 ねぇ、と向日葵は空を見たままいう。

「あの広い大空の下で、私たちは生きてるんだ。いろんな奴がいる、私は常日頃そう思っている。

学校にいるとさ、みんな似たような人間にしか思えないが。ほら、電車に乗ってご覧。いろんな奴がいる」

 そうか、と目を細めてアンは深呼吸した。ありがとうとその顔を向日葵は見たが今までで一番美しかった。寒い手をポケットに入れた。

 翌日から向日葵は元に戻った。植って硬い根が、栄養を養い明るくなった。父とは時折、「朝ごはん食べたか」「はい、食べました」とうに学校、どうだったかと続くようになって向日葵も嫌な顔をせずに「はい、友達の存在を有り難く思うことかできました」と父も眼から鱗のピリオドを打つようになっていた。

 ——母とはまだ、無言の会話が続いている。母は向日葵が内心と突かれるほど物腰が柔らかくなり、小言を言わなくなった。まだ娘の反抗は続いてはいるが、何か前とは違った一日を過ごすようになった。

 彼女は縁側で「ごましおは、平然と穏やかかだな」と話かけた。ごましおの隣に腰掛けて、ちょうど降り注いだ雨を見上げる。ごましおはすっと立ち上がり、歩き出したので向日葵はついていくとそこは書斎であった。

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