六、
宮田あおはカルガモを一点に見つめてノートに何かを記入していた。カルガモは餌を取るために丸っこい尻を見せつけながら潜っては出るを繰り返している。ノートに疑問を箇条書きにしていた。カルガモは羽を広げると一箇所によく映える青が存在すること、羽が水に濡れていないこと、それから何を食べているのかということ等々。
「よし、休憩しよう」
ノートを椅子に置き隣に座った。彼は先週、情報配信アプリを使い世界の出来事や国内政治などを見ていたのだが偶然鳥の美しい写真が流れてきて魅入った。投稿者にコメントをして詳細を教えてもらった。そして興味があるなら身近にいるカモがオススメだよと言われた。そしてさっそく今日だ。
宮田は親水公園を見渡した。そして目を瞑り深呼吸をしてみると胸が涼しくなった。
親水公園は醒めた都内では中々よい住民たちの憩いの場で交流の中心となっている。犬を連歩く人や、ランニングをしている人、今の宮田のように何もせずただ風景を眺めているのかいないのかわからない人。
その中に、宮田はやけに目立つ一人の男性を見た。特に派手な格好はしていない。グレーのシャツに黒のパーカーというシンプルさでありながら似合っていた。その髪の色について宮田は「明るいんだか暗いんだかわからない茶色だ」と評した。実際、緑に透けて見えることがある髪色だった。
目が合い、宮田は下手くそに下を向いた。見てないよとアピールしたかったが、男性からしたら目を逸らしたようにしか見えなかった。
無関心そうに男性は歩いていた。つまらないんだろうなと宮田はまた無意識の内に見ていた。男性の歩いているところは円状になっており、芝生を囲っている。そこを歩いてここの付近を通り過ぎるまでは少しばかりと分析すると、ふとアキアカネがベンチの端に止まった。
「トンボですね」
宮田はヒッと声をあげてしまった。逃げてしまったと、怒る様子もなくアキアカネを見送る男性はそれが見えなくなったあとそこに座った。
イケメンというのは得だと、宮田は警戒を感じない自分と照らし合わせながら考えた。とりあえず宮田は話しかけた。
「お、おはようございます」
イケメンは棚木蓮だと名乗った。いきなり見知らぬ人に本名を晒すなんてと思ったが自分のルックスの幼さを顧みて言わないこととした。
「貴方はここで何をしていたんですか? 」
「ああ、ええ。僕はカルガモの観察をしていました」
へぇ、と別に関心がなさそうに呟き「カラスも面白いですよ」と言った。知っていますと宮田は丁寧に言った。言葉が尖らないように。宮田は最初カラスに興味を示したが初心者は鴨からとやけに熱心に教えられたのだ。確かに鴨は親しみやすかった。
時刻は八時半分だった。祝日であった。
「朝ごはん、食べました? 」
「あ、いえまだ・・・・・・」
「じゃあ、行きましょう」
一体どこに行くんだ、宮田が聞くとファミリーレストランと言われた。なぜに、と急に宮田は断ろうと必死だったが前の男は強引だった。酷く怯えたが歩くしかなかった。
大きく安堵のため息を吐いて、宮田はメニューを見ている棚木を見た。女の子のような顔つきで肌は透明感に溢れていた。だれが勘定するのだろうと到底食べる気にもならなかったが、メニューを見ていると美味しそうに見えてカルボナーラに決めた。
調理済みの品がくる間、宮田は棚木を見ていた。棚木の一々の仕草を見ていると退屈をしのげた。どこかふわふわしている男で、そわそわもしているように見える。が、それがワザとらしくも見えた。宮田は冷水を飲み込んで、無理やり連れてこられたんだしと心で決めて彼と話をせずに先ほどのノートに目を通した。棚木も何か聞きたいこともなさそうに窓の外を見ていた。
棚木は急に話し出した。料理がテーブルに置かれた瞬間から橘美樹がなんとかなんとかと、知らない名前を出されて興味もない人とくだらない愚痴を聞くのを強いられた。とりあえず聞き流すことに努めていたが、息を止めた。彼が向日葵の名前を口にした。
驚くことに関心があるらしい。彼はちゃんと彼女の高校名とフルネームそれから年齢まで調べていた。それなのに、と宮田はその匂いをかいだ。
「彼女さん、いないんですか? 」
「ん?まー、いるっちゃいるけど」
宮田の理解が追いつくのに、一分くらい必要だって。棚木がパンケーキを食べているのを見ていたら、やっとのこと状況が把握できた。宮田は拳を痛いほど握り締めた。宮田は棚木から女物のコロンを感じた。爽やかな石鹸のような臭いだった。
「日暮向日葵さんには、一切手を出さないでください」
パンケーキを食べながら棚木はその顔を見た。とても親しみやすい顔をしているなと思った、つまり話を聞いていなかった。
では、と宮田は立つ。足音が怒り気味だった。後ろからついてきた男に、お金ないんですと言われ乱暴にその分まで払った。宮田は幾分金持ちだ。
宮田は向日葵に一つだけ言われたことがある。「金持ちはみんな悪い奴だ」と。それがおかしくてなぜか友達になったのを思い出した。




