四、
本当にこうなるとは思わなかった。あとで南は言った。
何をしたいのだろうかと始めて勘ぐった向日葵。彼女は向かいに座った男を見た。よくミルクティー色のほにゃららと表現されたりするが、向日葵はなるほどこれはタピオカミルクティーだ、スコティッシュみたいな雰囲気だといいつつ自分は稲穂色だろうかとどうでもいいことまで考えた。
ファミリーレストランだった。洋風なその店内にこの男はよく馴染んでいた。だが隣にいる女は似合わないと、彼女は思ってしまった。
目が合うとその男は首を傾げて笑う。なるほど、これで女を垂らすのかと冷ややかに捉えた。隣の南は、それをひたすら見ている。
南はバカなのか賢いのかよくわかない彼を面白がった。
男の名前は棚木蓮というらしい。似合った名前だった。それよりも、その隣にいる女の本名を初めて聞いたことに衝撃を受けた。橘美樹、たしかに違和感はなかった。美樹と言われれば彼女はもう女性にしか見えないただの美人だった。
冷ややかな向日葵の目は棚木とかち合っていた。「久しぶりですね」向日葵がいうと棚木は、ええそうですねと照れ臭そうに笑う。なるほどその演技力は素晴らしいと彼女は弾力の足りないタピオカを噛んでいた。
「素敵な男でしょう、向日葵」
彼女は見た目はね、と心の内で弁解してから外で頷いた。口調も変わるのか、冷淡に頭の中で分析をする。彼女はなかなか無くならないタピオカにイライラし始めた。
南は先ほどから何を観察しているのか、向日葵ばかりを見ていた。それに気付いた彼女はこの男がついてきた意味が見出せなかった。
そんな彼女を誰がまた冷静に見えるのかと言えば、棚木だった。向日葵は美人の美樹と対照的に可愛い部類だった。そしてその目の奥に共通点を感じていた。分かり合えるものがあるのだと。
有名な大学に所属しているらしい。橘美樹はそう言った。そうなんですか、と疑問符の付かない返事を向日葵が棚木に言うように返事をした。棚木はええ、と口ばかりで頭は振らなかった。本当かよ、と向日葵はタピオカミルクティーに飽きた。南が、
「仕事はしているんですか? 」と丁度聞きたい質問をしたので耳を傾けると頷いた。「フリーターです」その言葉に、へぇと向日葵の口からやっと驚嘆の声が出た。それ仕事してねーよ、とは心の声だ。「大学生ですもんね 」南はそう言った。この状況下で向日葵はミルクティーを飲み切った。もう二度と飲まない、とその液体と決別した。
美樹は自分たちにこの男の素晴らしさを見せたかったらしい。先に会計した二人は先に店から出て、店の角に身を潜めた。そこには窓があり、店内の様子を伺うには適していた。
橘美樹は当たり前のように財布から金を出していた。南が自分は絶対無理だあんなの、と金を出させることに眉を潜めた。
何より、と向日葵はつい口に出していった。「あんなの、私知らない。あれ、アンじゃない」
南は何も言わなかった。アンも橘美樹も自分のことを語らない。内心を伺えるほどの距離ではなかったのだ。美樹とあの男は手を繋いで歩いていた。
なんだあのへんちくりん、と向日葵は南に言う。そうだな、と南は笑った。なぜ笑う、と向日葵が言うと「へんちくりんて、可愛い響きだね」と南は恥じらう様子もなかった。
向日葵は『橘美樹』のあの表情と仕草を一々に考えていた。なぁ、と隣の南に。南が何も言わないでいても、向日葵は言った。橘美樹とアンを引き換えて。
「あんたはどう思う、あの女臭えアンは」
「あれはアンじゃないな」
向日葵はうなずいた。
「アン、橘美樹。うん、どっちでもない」
わかってるじゃないか、と、向日葵はいちごジュースを吸った。二人の立っている場所は歩道であったが、すぐ側に自動販売機があったのだ。
「南、少し付き合ってくれないか」
南はどきりと胸の風船を膨らませて破裂する前に正気に戻った。
「場所は秘密基地だろ? 」
向日葵はにやりと、その浅い意味が深いように見せかけた。




