二十二、
田中は終始、両手両足を大いに活用して訴えていた。
「日暮向日葵は本当は不良なんかじゃない」
佐藤と南はそれを後ろの席に座って見ていた。手には菓子を持っている。田中の声は普段から大きいがこの日はとびん出てうるさかった。遠巻きに見て時に馬鹿にして笑っていたクラスメイトは、次第にその顔にどよめきを表していた。
「いや、あれは不良だって」
一番後ろの列の窓際に座っている女生徒斉藤が、脚を組んで言った。「なんでだよ」と田中は半ば切れ気味だ。「だってやってることがもう校則違反だし、下手したら補導されてもおかしくないって噂じゃん」斉藤は割と無神経に口を動かすたちだった。
「ただの噂だろ?! 」
田中は机に乗り上がりそうな勢いで、クラス全員に訴えかけた。「馬鹿馬鹿しい」とその隣に座る男子が、口を破る。「三軍がいくら言ってもダメだろ、何にもならない」斉藤はおまけのように「だな、加藤」そう言葉添えをした。辺りから同意の声が野次のように湧く。
「まぁまぁ、田中落ち着いて」
見守っていた佐藤が、宥めにかかろうとするが吠えるように煩いと聞かない。その後ろから、落ち着いてのんびりとした口調で南が口を開いた。
「もう、日暮はお前らと関わりたくないんだよ。ほっといてやれ」
静まりかえった教室にチャイムが着席鳴り響く。全員は椅子に腰を落ち着けた。
放課後、図書室で宮田あおは分厚い背表紙を押し戻した。小さくため息をつき、その日も本を借りることはなかった。無論、彼も向日葵に会えていない。
向日葵の行いは既に不良の域だった、彼はそれを認めている。宮田は彼女の雲色に澄んだ瞳に胸を馳せ、更にその瞳が荒れるのを時折憂うことがあった。
「会いたいな」
宮田はぼやき、廊下を歩いた。騒がしいのが常な学校、あれだけ盛んだった彼女の噂も木枯らしが去ったかのように止んでいた。
彼はふと窓を見た、空には飛行機雲が線を伸ばしている。空は透明な青だった。そして、儚げだった。
向日葵は、土手に座り込み孤独にタバコの空き箱を握りつぶした。夕陽は沈みかけている。彼女の姿がオレンジ色に染まった。向日葵は仲間らより先にそこへきて、そうしていた。
「みんな、私のことは忘れてね」
ひとり呟いてみて、彼女は虚しさを胸に押し込んだ。その瞳の奥には、田中や佐藤それから南が笑っていた。
「田中は、バカだけどそれだけに純情だ」そう口に笑みを作り、タバコの灰を芝生に押しつぶした。「佐藤の瞳は」そう穏やかに笑う。「実は綺麗でビー玉のみたいだ。南は、世話焼きでどこか冷めてるけど皆を見守っているの知ってる」
子犬が吠えた、大きな犬に威嚇をしている。
「そうだ、自分はあれに似ている。今の自分はとてもちっぽけだ。小さくて、臆病だ。臆病なゆえに、強気でいないと生きていけない」
そこで、彼女の脳裏に母親が過ぎる。くそう、と向日葵は眉をしかめた。「なんであんな女ひとりに怖がっているんだろう」向日葵は涙を拭いた。「ほら、こんなにも」彼女はその続きの言葉を呑み込んだ。
「宮田は、元気だろうか。今日も熱心に事の真理を堪能すればいいさ。私なんか忘れてね」
寝転び、向日葵は目を瞑り考えた。自分は、ほんとうに皆に忘れて欲しいのだろうか。その答えは、やまびこのように意図もたやすく跳ね返ってきた。
電車が忙しなく走る。向日葵はこれがいつしか好きになった。




