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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第二章
21/65

二十、

「そんなに怒られなかったな」

 向日葵はベッドの上で天井を見ながら呟いた。鉄仮面の鬼母だ。彼女には脅威的な存在だった。枕の横に寝かせていた本を手に持ち、意味もなくページをめくる。本は小風を吹いた。

 翌日向日葵は学校に行き、授業を一通り受けて土手の秘密基地に遊びに行った。

「・・・・・・ほんとうにいいの?」

 南は向日葵の艶のある黒髪を名残惜しそうに、見て言った。

「・・・・・・お願いだから」

 向日葵の性を知っている南は重たいため息をついてソファから立ち上がった。向日葵は座主がいなくなったその上に横向きであぐらを描き目を瞑った。

 コミュニケーション能力皆無な向日葵は美容室には行けなかったようだ。第一に、所持金がゼロなので南に後払いを約束して今日に至るのだ。

 慣れた手つきだった。向日葵は中学校の時の南の茶髪を思い出してクスッとした。向日葵の髪は滑らかに南の手を滑る。シャンプーを二回、コンディショナーを仕上げに利用した。水は公園の水道水で流した。土手のそばの小さな人目につかない公園だ。さすがの南も躊躇したのだが向日葵が頭を下げて懇願した。あまりにも、必死なので思わず承諾してしまったのだ。

「今日は早く家に帰れよ」

「言われなくとも何も言わずに帰るよ」

 それから、と向日葵はついでのように髪染めの感謝と礼をして去って行った。

 自室には割と易々と入ることができた。ベッドに横と割る前に、未だ使われていないドレッサーの鏡で自分を見た。

「わぁ、金髪ってこんな感じか」

 とても綺麗に施されていた。存外明るい色で彼女はたじろいだ。自分が自分ではないみたいだった。

「・・・・・・不良みたいだよ」

 いや、と向日葵は笑った。自分から願ってこの格好になったのだから、嬉しいのだここは素直にと喜んだ。ベッドに寝転んだ後は目を腕で塞いだが、腕を外してはじめてそこが濡れていることに気付いた。

「もう、嫌なんだ。お母さんのために良い子を演じるのも。もう疲れたんだよ」

 もう疲れた、と向日葵は弱々しく吐いてそのまま朝まで目覚めなかった。



 金髪にも得があると、向日葵は思った。金髪にして以来、威圧感が増したのか彼女に話しかける者は少なくしてなった。話しかけてくる者といえば、田中や佐藤、南くらいだった。強いて言うならば向日葵のことを不登校児と呼んだ派手なギャル達だった。

「変わってないんだけどなぁ」雑踏の中に飛び交う噂声に佐藤は呟いた。「ほんそれ、変わってんのは見かけだけなのに煩い奴らだな」田中も賛同した様子だった。二人の前を歩く南が重たい口を開いた。「それが向日葵の求めていた所なんだよ、多分な」

 相変わらず柔軟性の香りが仄る色男だった、二人は唖然として取り残されるようになるのを駆けて追いかけた。



 向日葵は変わってしまったと、ようやく気付いた。内面的に何かが彼女から外れてしまった、そんな複雑さを胸に抱いた。土手の下の秘密基地、あぐらを書いたその後ろ姿を見て、深い寂しさと悲しさを彼らは痛切に感じた。三人の中で特に唖然としたのは南だった。しばらく話すことも無くなっていた二人。南は無理やり笑顔を見せて、その手からタバコを抜き取った。

「似合わないぞ、こんなの」

 南はそう言って、無意識に彼女の頬を触ろうとした手を下ろした。向日葵は南の目をじっと見据えた。そしてまた、笑ってもう一本に手を伸ばす。だめだって、と南はさタバコの箱を川に投げ捨てた。怒るかと、田中等も身構えたが向日葵は鼻で笑うだけだった。

「ありがとね、今私疲れてるから」

 向日葵は疲弊しきっている様子だった。ローテーブルの傍で地べたに座り込んでいるというより、そこから動けないのだろうと南は察した。

「向日葵・・・・・」

 佐藤が立ち竦みなが言葉にしようとするが一歩も前に出ることはできなかった。



 田中と佐藤は帰っているはずだった。南は、向日葵の後ろに何も言わずに座り読書を始めた。タバコを捨てられて手持ち無沙汰になった彼女の両手は、すっかり綺麗に染まった金の髪をいじっていた。そして時折、ソファをぼやけた瞳で見つめていた。まるで性行為後の倦怠感に浸っている女みたいだな、と南は密かに目を細めた。南の瞳には、向日葵がとても虚しそうに映った。

 ここに連れてくるべきではなかったのだろうか、南は自問自答を始めた。赤い髪の女が南の脳裏を掠める。あいつに会わせてから、向日葵は良いようにも悪いようにも変わってしまったと。あまりにも悲しすぎる彼女の背中を、今すぐにでも抱き締めてしまいそうになる彼は寝転がった。

「横になると、楽になるもんだな」

 南は素直な思いを口にした。それは向日葵への問いかけにも聞こえたし、南の独り言のようにも聞こえた。


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