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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第二章
20/65

十九、

 何にせよ、宮田は彼女を悪く言う声も彼女の難しい顔も見ていた。図書館向日葵と遭遇し、彼女の久しぶりに笑う顔を見ることができた。向日葵は宮田の腕に抱えられた分厚い本を見て言った。

「元気そうでよかった」

 宮田は頬をかき、照れたように「それほどでも」と目をそらした。

 奥の机に座り、宮田は向日葵の日常に触れた。

「最近はずっと、あの女子たちと一緒にいるの? 」

「そうだよ」

 向日葵は座る前に目に着いた辞書を理由なく開いた。

「楽しい? 」

 宮田がそういえば、向日葵は唸ったがやがて楽しいよと笑った。宮田は目をひそめる。見え見えな嘘だと、密かに思った彼はわずかなある種の妬みを抱いた。彼は向日葵からは信頼されると誇りに思っていたのだ。

「・・・・・・嘘じゃなくて? 」

 宮田は柄にもなく、人差し指で机を叩いた。向日葵もそれに気付き、宮田の顔をまじまじと見た。嘘じゃないよ、と引きつった笑みを浮かべるが一層と彼の不満を積むだけであった。

 向日葵は目を細め、天井一点を仰ぎやがて乾いた笑いをした。

「宮田は、私の最高の友達だよ」




 田中や佐藤等は、南とともに空き教室で昼食を摂っていた。田中がふざけても、佐藤は口元で笑うだけである。乗り気ではない南もやはり黙って弁当を食べていた。華とまではいかないが、せいぜい名前どおり温かな花が咲いていなければ、この教室は干からびているだけだった。ねぇ、二人ともと佐藤が俯きながら口を開いた。箸は人参をつついている。

「最近さ、向日葵が枯れきっているように見えるんだ」

 田中と南の視点が彼に向く。久しくその姿を見ていなかった田中が椅子を蹴るようにして立つ。

「見たことあるのかよ?! 」

「あるよ!! 」

 普段怒りを見せない我慢強い佐藤も、ここで消化できない憤懣が爆発した。終着点を忘れたまま二人は睨み合う。南がそれを制した。

「ほら、何に対して喧嘩してるんだよ。中身のないことで言い争うな。向日葵は登校してるからそりゃ見かけるよ」

 俺は見なかった、と興奮気味に田中は言う。

「お前、前向いて歩かないだろ」

 その指摘に、佐藤は田中を振り払った。そうだよ、と一言椅子に座り人参を口に放り投げた。

「前見て歩けっていうのか? 」

 普通なら笑いさえ起きる馬鹿な発言に、二人はそうだよと言い放った。



 向日葵は、家の縁側でやはり寝転んでいた。少し肌寒くなった秋の上旬。体の上にファーのついたタオルケットをかけていた。その側に、猫が寄り添うように寝そべっている。

「もう、疲れたよ」

 そらをあおぐその目は、相変わらず綺麗だがそこに深い闇が見えた。夜の海に何が潜んでいるか計り知れないように。

 佐藤の言っていたように、向日葵の噂は悪かった。それは彼女に問題があるわけではなく、かつて“彼”が向日葵に群がる彼女を連れ出したからだった。元々男とつるんでいる(と言っても、田中と佐藤と南だけだが)向日葵だ。女子にはよく思われていなかった。

「うるさいよ、あの女猿ども」

 向日葵の耳にも噂は入っていた。

「男好きとかうるせえよ、私は男にも女にも興味ない」

 棘のある向日葵に猫が短く返事をする。彼女は猫の顎を撫でたあと、深く息を吐いた。

「まったく、南は相変わらず姿を現さない」

 南は、向日葵を慮ってか学校では彼女と接触しなかった。その為、彼との噂は止まっていた。

 もう、学校行きたくない。彼女はそこまで呟いて、喉元を摘んだ。鈍い息苦しさが彼女を襲う。

「帰ってきてよ、アン」

 涙をぐっと抑えど、瞳が潤い目尻から雫がこぼれた。いや、わかっていると彼女は首を振る。

「自分は、もうアンから卒業しなくちゃ。じゃないと、アンは苦しくなっちまう」

 十七時頃、もうすでに暗い。台所で母の呼ぶ声が聞こえた。返事もすることができず、ふらふらとした足取りで向かった。

 母親はなぜかここいら、ご機嫌に振舞っていた。

「やっと向日葵が女の子の友達を持ててお母さんも嬉しいわ」

 久しくみていなかった母親の素直な自分思いやるようなセリフ。なぜか向日葵の気持ちに影が差した。女の子とつるむことが母親のためなら、自分はとても自然体じゃ親不孝だ。そう思ってしまうほどに追い詰められていた。なぜなのか、なぜなのか、なぜ私は言葉を口にできないのか。向日葵は何を言うともなく、駆けって母親もその突然さにしばらく唖然としていた。彼女のはじめての反発だった。


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