十六、
「なるほどねぇ、アイツが君をねぇ」
どこか遠い先を見るように、アンは目を細めた。さほどそういう対象として南を意識しているようには、向日葵は見えなかった。
アンは向日葵の顔をまじまじとみて、テーブルの端に置かれている折り紙を一枚手に取った。赤が好きなのだろうか、と向日葵はその色を見て思った。
「可愛い顔してるな、君」
向日葵の頬が赤くなる。向日葵は首を振った。アンは気にせず続ける。
「まぁ、それどころじゃないんだろうけど? 苦しい顔してるよ君」
向日葵はそこで自分が喉元を摘むのをやめた。自分の意思ではなく、不覚だとばかりに。アンは目を見張った。いつも無機質だったその目から、涙を流していたからだ。
今にも消えて無くなりそうな彼女の体を、アンは抱きしめた。
「えーっと、確か向日葵だったけか? 」彼女が頷くとアンはその頭を撫でてやる。
「ごめんな、こんな男かも女かもわからない中途半端なやつでなぁ」
アンの胸の中は、なんとも言えない居心地の良さがあった。アンの声は少し震えていた。
「これはさ、もう綺麗事でしかないわけだけどいいか? 」
向日葵が何も言わないのを受け取り、アンは口を開いた。
「向日葵はさ、一人で抱えこみ過ぎなんじゃないか」アンは、いやと首を振って言い直した。「一人で、抱え込むしかないんじゃないか? その、そうだな」
自分は誰かを励ますことなんてできないと、アンは覚悟してしばらく黙った。やがて、落ち着いた彼女を自分から離してその涙を拭った。
「とりあえずさ、今日からここ来いよ。赤の他人だからこそ、話ぐらい聞けるからさ」
向日葵はしばらく泣き叫んだ。何も知らない一人の男の目の前で。全てを悟った、その女の前で。
向日葵は一週間当たり前のように来るようになった。察していたのだろうか、南はその間姿を現さなかった。現したとしても、目が合えば微笑みかけるだけだった。向日葵はそれが楽だった。
驚くことに、向日葵は笑顔を見せるようにさえなっていた。それは周りにも薄々気付かれているようだが向日葵は知らない。
「お前、笑うと可愛いじゃんか」
と、時折アンは向日葵を可愛がることもある。その中性的な存在が彼女を癒していたのだろう、首元の赤みも薄れかけていた。そのような頃合いにアンは突然、向日葵のそばを離れた。
テーブルの上に置かれた置き手紙には、もうしばらくは此処にはこないというという一言と、そこらへんにあったと思われる重石があった。
向日葵の腕は震えた。それどころか、足も震え出してその瞳も揺れた。束の間の幸せだったのだと、向日葵は膝から崩れ落ちた。わかりきっていたことでもあった。家族でも恋人でもない、ただの友達に依存し過ぎているということは嫌でもわかっていた。
向日葵は涙を何度も拭った。拭い過ぎて目元が赤くなった。これから、誰にすがれば良いのだろうか。家族にも愛情らしいものを与えられない、友達にそれを求めては重い存在となってしまう、それじゃあ自分にすがればいいのだろうか。向日葵は首を振った。
「・・・・・・・・・私には、その器がないんだ。縋った結果が」
向日葵は首元を撫でた。その首元の跡が自分の器の小ささを物語っている。感情の行き場がない。どこに吐き出せば良いのかもわからない。
「わからないよ・・・・・、わからないよ」
冷めた風が彼女の頬をさすった。置き手紙が風になびくのを、向日葵は見つめていた。その瞳には影が差し込んでいる。何も考えられず、向日葵は日が暮れるまでそこに居た。




