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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第二章
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十四、

 母親は案外怒りもしなければ、叱りもしなかった。そればかりではなく、より一層家事に取り組んでいる様子だった。向日葵の口から、大丈夫かと聞きたくなるようなほどだった。

「宿泊客室なんて初めて入ったんだけど、わくわくする」佐藤は書斎より広い部屋を見まわして、心底嬉しそうにはしゃいでいた。もちろん田中も「ひゃっほう」と言いながらベッドを飛び跳ねたりしている。因みにベッドは二台あった。「野郎二人、楽しそうだな」南は一人そう言った。

 ドアが二度ノックされ、母親が入ってきた。いつものきつね顔で、部屋の隅々まで見渡して、これから自分は遠くへ出かけるがあしたには帰る。そう言って出て行った。

 ドアが閉められて、佐藤と田中は顔を見合わせた。さぞ喜ぶだろう、と見ていた向日葵はその二人の表情に意外性を感じた。

 佐藤と田中は何か深刻そうに俯いていた。

 ベッドの奥に座り、腕を組んだ田中が顔を上げる。

「お前の母ちゃん、感じ悪いよな。気色悪い」

 その隣の佐藤は俯いたまま、何も言わなかった。空気が重たくなる。せっかく・・・・・・お泊りと向日葵まで俯いた。

「ていうか、なんで向日葵は何も言わないの? 俺らには最初からそうだから、別にいいけどさ」

 向日葵は自分のためを思っているのはわかっていた。だが、心のどこかで何かが複雑に絡まっているのを否めなかった。

「黙ってないでさ、もっと意見はした方がいいと思う」

 佐藤まで、と向日葵は拳を握った。彼女は何か言おうと口を開いた。だが、言葉を呑み込んでしまう。吐くことができない。

 わかっていた、二人の言い分は。わかりきっていた、だが。

「うるさい! 」

 周りが呆気に取られる中、向日葵は走って家を出ていった。既に秋は中盤に掛かり、五時にもなれば直ぐに暗くなる。窓から星が光り始めていた。



 向日葵は土手を歩いていた。後ろには何の気配も感じられない。その小柄の体を彷徨わせていた。土手には銀色の光をした河川が流れている。秋の虫が、忙しなく音を立てている。向日葵は、誰もいない高みに座り込んだ。

 大事な友達を、失ったかもしれない。彼女の心は漠然としたものから、強い不安感と喪失感に襲われた。

「わかってるんだよ・・・・・・」

 向日葵は喉元を摘んだ。

「でも、でないんだよ。言葉が、でないんだ・・・」

 彼女の目尻から、月夜に澄んだ涙を流れた。それからしばらくだった。

「なーんだ、ここに居たのか」

 その言葉に、振り向くと案の定南が立っていた。

「向日葵は、チビで力もろくにないんだからこんな時間に一人で来るもんじゃないだろ」

 言葉は強いが、そこにほ何か温かな含みがあり向日葵は涙を拭ってそっぽを向いた。

「ほら」と、南は向日葵の手にココアを握らせる。南は微糖の缶コーヒーを持っていた。

「ありがと」向日葵は上ずった声でバレないようにと、空をにらんでプルタブを開けた。

「あいつらの気持ちも分かるけど、向日葵がそれで苦しんでるの俺なんとなく感じてた」

 向日葵は少し驚いたが、またすぐに川面に視線を移した。どうせ分かってくれない、と彼女は信頼するのを遠ざけてしまう。だが、南は続けた。

「お前の全て、なんか全然知らないけど。だけど、知ってるからお前の癖」

 それ、と南は向日葵の喉元を指した。

 電車が大きな音を立てて通り過ぎる。自転車がライトを放って二人の後ろを通り過ぎた。

 街灯のおぼろな灯りが、向日葵の喉元を照らした。そこは薄く赤いあとがついていた。

「あのお母さんと話している時とか、女子に囲まれている時とか、よくその癖でるよな」

 向日葵は驚いた。もうすでに無意識の域にいたが確かにそれは癖だった。

「今すぐに仲直りしろとは言わない。ただ、田中と佐藤はバカだからさ」

 ほら、行くぞと南は向日葵の腕を取り歩き出した。


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