十三、
帰途、四人は電車内でぐったりと背もたれに体を任せていた。田中と佐藤、その隣で向日葵も眠っていた。南は、向日葵のあどけない幼さを感じていた。薄桃色の唇はすこし隙間を見せ、赤子のように眠っていた。思わず手が伸びる、だが頬に触れそうになる所で、南は慌てて腕を引っ込めた。
自分に一番心を開いてくれている、と思ったのはただの妄想だったのか。彼は浅く溜息をついた。
自分は彼女に嫌われていた。彼は自負していた。なぜかは全くわからない。何もしていないはずなのに、彼女は自分を嫌そうに見ていた。
それよりは、やっぱり心を開いてくれたのだろうか。一人の女に、ここまで悩まされることはなかった。
彼は現実から目を背けるように、手元の夏目漱石に目を落とした。
それぞれは帰宅をした。向日葵は、ただいま帰りました、と一声かけてから靴を脱ぎ
揃えた。いつのまに前にいたのか、「遅かったですね」と、そのセリフとは裏腹に母親はご機嫌な様子だった。
きっと、佐藤らがこないからだと向日葵は思った。そして、私がいなかったからだ。と、廊下を歩いた。
彼女は気付いていた。以前の自分はもっと目が淀んでいて、見える世界も歪んで見えていた。何に関しても、皮肉めいた捉え方で何一つ真っ直ぐに受け止めようとしなかった。
だが、あの海は自分の心をときめかせたし、あの花火はとても輝いていた。
向日葵は手前の廊下を左に曲がり、 突き当たりの寝室の前を右に曲がった。小説や漫画が大量に置かれている物置きを二部屋通り過ぎ、その奥に書斎はあった。
書斎は四点五畳、正面の窓辺の前には文机。厚めの座布団に正座をして、向日葵はサイドの引き出しから原稿用紙を取り出した。
本当は、パソコンが欲しいんだけどな。とボールペンを振って窓に映った自分を見つめた。
「ちょっと、幸せそう」
向日葵は笑いながら窓を開けた。秋の虫が鳴いていた、もう蝉の声は鳴くなった。
翌日、五時ごろに起きたスマートフォンのメッセージに向日葵は跳ね起きた。佐藤からの連絡で、佐藤を含めた三人で泊まりに来るというのだ。




