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ひまわり  作者: 雪之都鳥
第二章
13/65

十二、

 車内に乗る時間は凡そ一時間少しであった。

 帰宅部達の土曜日、車内はガラ空きで、ちらほらと学生服に身を包んだ学生がまだらに座っているだけだった。

 この昼間でも部活に張り切る人たちを向日葵は心中で凄いなぁ、と思いながら到底自分では無理だと小さなため息をつく。

「よくやるよなぁ」

 田中があくびをしながら、頭を撫でた。野球部でもないのに丸刈りだ。涼しくていいな、と向日葵は男って素敵ねと笑みを残した。

 二回ほど乗り換えをして、電車は到着した。下りると、夏の余夏が陽炎を煽っていた。田中と佐藤はお互いに到着を喜び、向日葵と南は顔を見合わせて微笑むだけだった。

 余夏の余韻は確かにあるが、さすがに海は寒く思われた。一応各々持参した水着は使われることはなかった。

 海の家も開店しておらず、四人は石段に横並びに腰を下ろした。

 向日葵は可笑しかった。おめかしして、水着まで用意したのにただ見ているだけなんてと、複雑な気分にもなった。

 波は浜辺の砂を撫でるように、自らへと取り組んで去っていく。それは止まることのない、昔から休むこともせず。

 向日葵は立ち上がった。その小さな足で駆けって、それを止めようとする三人にも気付かずに。我に返った時、彼女は波と砂浜の境界線に茫然としていた。

「ど、どうしたのヒマ」

 佐藤がその向日葵の顔色を伺い話しかける。向日葵は口をパクパクと動かすだけだった。彼女の周りが軽く慌て出し、南は向日葵を両腕で抱えた。田中と佐藤が石段の広い面にレジャーシートを敷き、その上に柔らかいバスタオルをのせた。



 向日葵は夢を見ていた。若い女性と、少し年上の男性が二人並んで海辺を歩いていた。若い女性は、・・・・・・これは感覚の話ではあるが、向日葵の母親ではなかった。隣の男性は、ぼんやりと輪郭はあるが明瞭にはわからなかった。

 三人は、向日葵の目尻に透き通った雫を見た。

 三人は言葉を交わさなかった。胸に一種のわだかまりを持ち、そのわだかまりの発散先を失ってしまった。彼らはそれを未だに持ち続けているのだ。

 向日葵は何もかもを胸に閉じ込め、一人でそれをどこかに吐き出しながら生きているのだ。

 つまり、三人には心さえ開いていない。と、既に解っていたのだ。ただ、この間の一件で鍵を開けることはできた。あとは、その窓を彼女が開いてくるまで待っている。彼らは一途だった。

 夕暮れに、向日葵は目覚めた。彼女は、一瞬彼らが今にも泣き出しそうな顔を見た気がしたが、目が慣れるころにはいつも通りの顔を見せていた。

 三人は砂浜に立ち、日が落ちる瞬間を見た。

「このあと、向日葵。花火やるんだからな」

 田中が海の向こうを見ながら、言った。向日葵は笑顔を見せて頷いた。その笑顔に、三人は安堵した。



 花火は、秋独特の哀愁を上手く演出していた。夏の余夏が、ここにもよく隠れていた。

「線香花火って、なんでこんなに寂しくなるんだろうな」

 田中が柄にもなくそんなことを言う。「寂しい、か。そうかも」佐藤は小さく笑った。「虚しいからだろうな」と南が湿ったことを言う。陰気臭いな、と向日葵は思った。なんて、自分のことを棚に上げて私は都合が良い人間だ。向日葵は自分の手に握られた線香花火に目を落として、その儚い命を見届けた。




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