十、
「ほら、起きなさい。風邪ひきますよ」
向日葵は霞んだ視界に母の姿を見た。なぜだかその時は、丸い母性のようなものを感じた。起き上がり、縁側から空を見るともう夕暮れ時だ。珍しく目覚めが良かった。
気づけば母はもう居なくなっていた。歩いて、心当たりのある場所に行って見てみると案の定だった。厨房に立っている母はいつもより機嫌が良かった。
「やっぱり、家は静かがいいわねぇ」
向日葵は冷蔵庫から牛乳を出して、コップに注いだ。
「月一回にしてよ、友達を連れてくるのは」
「・・・うん」
向日葵はその後ろ姿を目に焼き付けた。母がいつも怖いのは、自分のせいじゃなくてなにか別の所にあると。そう思いたかったのだ。
縁側にはごましおが、気持ちよさそうに眠っていた。その隣に座り、牛乳を飲もうとした。スマートフォンの通知が鳴る。猫が跳ね起きた。
「ごめんね、ごましお」
滅多に来ないアプリの通知。開いてみると、南から連絡があった。『ひま、明日。明日、田中と佐藤と海に行くんだけど一緒に行くか?』
「・・・・・この季節に?」
向日葵はその口にした言葉が、あまりにもバカげていて小さく笑った。指で軽くタップし、素早くスマートフォンを伏せた。
「ごまっしおっ」
ごましおは、迷惑そうにそっぽを向いた。やったぁ、と抱きしめて仰向けになる。向日葵は今までにない安堵感に包まれていた。深呼吸をすると、なにもかも無かったことになりそうだ。
向日葵はわくわくしていた。初めて、友達というのがありがたいと思った、田中、佐藤、南。向日葵の性格も全て受け入れてくれる存在。
「ほんとうに、ありがとう」
向日葵がそう目を閉じた。だがその涙は、目尻から溢れる。最近泣いてばかりだな、と鼻をすすった。




