一、
これはフィクションです。
夏も中盤に差し掛かっていた。ことを終えたセミの抜け殻が時折木に張り付いている。体が火照るほどの日射はアスファルトに陽炎を浮かべた。
日暮の家は都会の庶民にしては敷地が広い。向日葵がドアを開けると、「お帰り」との声が聞こえる。その声に向日葵がうんざりした顔をしたのは、それが家族以外の誰かだからだ。
田中等は、毎日当たり前のように向日葵の家に屯する。向日葵が何も言わないのも一因だが、第一彼等が図々しいのだ。
「お邪魔してます」
母親に言われ、氷入りの水を盆に載せて彼等のいる縁側に持っていくと、“宮田あお”が申し訳なさそうに向日葵を見上げた。
「ああ、宮田。全然いいよ、ゆっくりしていってね」
去りがたいが、と心の中で名残惜しさを口にして居なくなろうとすると呼び止められる。南 奈央人だ。
「ひま、ここにいなよ。一緒にゲームやろうぜ」
向日葵はしばらく俯いた後、諦めた顔で宮田の側に座った。南は意味ありげに宮田を見た。彼の顔は曇っていた。
名前が対照的だ。と向日葵は一人縁側に仰向けで寝そべっていた。縁側から下りれば大きな庭があるが、そこに大きなひまわりが咲いている。「対照的だ」と、今度は口で言った。
「私はあんなに明るく咲く自信ない」
無地の白いTシャツにブルーのショートパンツ。高校に上がっても向日葵は大した洒落もしない。だが、周りの人から見ればそんな姿が“彼女らしい”で通っている。“無口な男の子のような女の子”そう言われることも少なくはない。
根暗、だと向日葵は自負している。横目でひまわりを見て、鼻で笑った。もしかしたら、あのひまわりも根っこの下は暗いかも知れないと。
「ひねくれてる」
そう呟いて向日葵は、今度は自分を嘲笑った。頭の中では今日あった出来事一つ一つに文句を並べる。それで闇を取り除けるはずもなく、向日葵はあの花のように今日も太陽の恵みを受ける資格はなかった。と、向日葵は胸に刻んだ。
愛猫の黒と白の二毛が、突然向日葵の鼻に自らの鼻を寄せた。またさっきのような悲鳴をあげないように、急いで飲み込んで笑った。
「ごましおー」
飼い主に愛でられて、“ごましお”はまんざらでもない顔で尻尾をゆらゆら振った。