友達
俺は言葉が咄嗟に出なかった。 期待していただけに、自分では予想外だったこの美少女の言葉に、上手く伝えられる言葉が見つからなかった。
この美少女は、俺を救ってくれた。 だからこそ俺はこの美少女を裏切りたくなかった。 だけど傷付けないように言葉にするには後暗すぎた。
「············どうしたの? 顔色悪い」
「いや、その、ごめん······」
「············謝られても分からない。 私悪いことした?」
悪いことなんてしていない。ただ俺が逃げただけ。 話を一切聞かずに悪だと決めつけた俺が、俺の心の弱さが悪い。 でも俺はこの気持ちを素直に吐露することは出来なかった。
「······ごめん」
「············もういい。 謝らなくても」
俺は泣きそうだった。 情けない自分に居た堪れなくなり、いなくなりたいとさえ思った。 突き放した俺がこんなことを思っちゃいけないのは分かってるけど辛かった。
「············駿、大丈夫?」
「名前······なんで知ってる?」
「············駿のことが好きだから」
今更ながらに俺の名前を知っている理由を尋ねた。 俺のことが好きってなんだよ······ 罪悪感と困惑が入り混じる。
「俺には······分からない。 君がどうして俺のことが好きなのか、好きだから名前を知っている理由も分からない。 なぜ俺を助けてくれたのかも。 でも嬉しかった。逃げてごめん······ ありがとう」
「············本当に分からないの?」
その美少女は悲しそうな表情を浮かべ、声が震え出している。
「······分からないんだ。俺みたいなを好いてくれる理由も助けてくれる理由も」
「············私は駿に助けられた。 でも覚えられてないのは、なんか嫌。 思い出して」
そんな無茶なと思いつつ、この美少女にとって泣いてしまうほど大切なことなのだろうと思い、纏まらない思考をフル回転させて過去を探り出す。だけどそんな記憶はない。
「ヒントくれないか?」
「············嫌。 思い出してくれないと、嫌」
「ごめん······分からないよ······」
どうしても思い出せない自分に歯痒さを覚えながら、そう呟く。
「············思い出すまで、そばに居る。 絶対に思い出して」
「それって······友達になるってことか?」
「············違うけど、思い出せないなら、思い出すまでそれでいい」
俺は敢えて恋人とは言わずに“友達”と言った。この美少女は恋人になりたいのだろうけど、大切なことすら思い出せない俺にそんな資格はない······ 美少女は少し悩んで難色を示したが、友達になってくれた。 良かった。 そういえば名前を聞いてなかった。
「君の名前······聞いてなかった。 知ってるかもしれないけど、俺の名前は山吹 駿」
「············わたしの名前は、小雪。小雪って呼んで」
「えっと苗字とかは······」
「············小雪って呼んで」
「はい・・・」
俺は一体小雪に何をしたんだろう。 俺は小雪に何が返せるだろうか。 俺は何も思い出せない。 もしかしたら小雪の嘘なのかもしれない。 思った通り騙そうとしているのかもしれない。 こんなことを考えてしまう自分に辟易する。
でも俺は助けられた。 それだけは間違いじゃない。 俺は小雪に救われたんだ。 だから俺は小雪の友達として、力になろうと決めた。
俺の心の弱さが好きという小雪の気持ちを受け入れられずにいる俺が、いつか小雪との出会いを思い出せるように。
俺は······小雪に向かって
「ありがとう。小雪」
と少し笑い、呟いた。
聞こえるかも分からない呟きだった。
「············どういたしまして」
小雪はそう言って、笑顔を見せてくれた。