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ポケット小物語

ホワイトアウト・タウン

作者: 渡 遊歩

どこかの街の、冬の一幕。

 雪の降らない地域の人間にとって、雪の覆われた世界は神秘的で、美しいものに映るだろう。

 有名な小説の冒頭の一説、『トンネルを抜けるとそこは雪国だった』を真に実感し、感動できる人は、日常的に雪に接する機会のない人だけだろう。

 反対に、雪の降る地域の人間にとって雪の覆われた世界は、美しさではなく憂鬱さを抱かせるものでしかない。

 雪かきの大変さ、交通の障害。子供のころは、雪が降ることは嬉しいことだったかもしれないが、成長するにつれ、だんだんと面倒さが台頭してくる。皆、現実を知るからだ。

 昔は雪が降ると喜んで、一緒に遊んでいた友人たちも、最近では口をそろえて言う。

「雪なんて面倒なだけだ。降らなければいいのに」

 そう、それが雪国の人の共通の認識。そう考えて、当たり前なのだ。

 だから、雪を好ましく思っている私は、きっと異端なのかもしれない。




 夜がピークだと天気予報だと言っていた。

 確かに予報の通りで、夜が更けていくほどに雪の降りは激しくなり、雪はもはや速度の遅い滝のように見える。

 街灯が照らす範囲に、雪が降るのが見える。雪は音を吸う。そして降っている音を立てない。世界は音をなくしたかのように静まり返っている。ときたま、遠くの方に車のヘッドライトの明かりが動いていくのが見えるが、走行音は少しも聞こえない。明るさが、物音立てずに横移動していくだけである。

 音は無い、しかして雪は確かに降り積もっている。マンションの通路に立ち、下の駐車場を見下ろせば、街灯の光にわずかに照らされた車の上に、雪の層がさらに高く積みあがっているのが見えた。朝になるころには、車は雪の下になっているだろう。

「おまえ、まだ外を見ているのか? そろそろ中に入りな、風邪をひいてしまうよ」

 不意に背後が明るくなり、後ろから声がかかる。彼が扉を開け、私をあきれ顔で見てきていた。

「そうね、分かってる。でももう少しだけ眺めていてもいいかしら」

「いいよ、と言いたいところだけど、その言葉はさっきも聞いたよ」

「あら、そうだったかしら」

「そうさ。だから今回はおれの言うことを聞いてくれないか?」

「そうね、そうすることにするわ。もう少し、眺めてからね」

 そう言って私は再び彼に背を向けた。背中にため息が投げかけられるのを聞き、そして背後からの明るさが無くなった。彼が扉を閉めたからだ。

 そのまままたしばらくは戻ってこないだろうと考えていると、予想外に再び扉は開いた。そして閉まり、隣に気配。横を向けば、彼が私の横に来ていた。

 防寒着を羽織っている。どうやらこれを取りに一度中に戻ったようだ。

「うう、寒い。おまえ、よくこんな寒いところに長くいられるな」

「慣れよ慣れ。風は今日は無いから、過ごしやすいわ。それに雪はむしろ温かいものよ。下手に外にいるよりも、雪の中にいる方が温かい」

「それはかまくらみたいに、本当に雪の中にいるときだろう? 降っている雪なら外にいるのと変わらないし、そもそも雪は氷なんだから寒いものは寒い」

「気持ちの問題よ。雨よりも、雪の方が温かいと思わない?」

「おれはどっちも寒いよ」

 彼は体を小さく縮こまらせて寒さのアピールをした。

 しばらく、並んで雪の降る世界を眺める。耳を澄ますと、さらさらと雪が降る音が周りを包んでいることに気付く。

「よくもまあ飽きないな。小さいころから雪なんて見慣れているだろう? 雪には縁遠い場所の生まれでもあるまいに、そんなに面白いかい?」

「あら、あなたも友達と同じこと言うのね」

「それが普通さ。見慣れたものは、もはや見ても感動なんてない。抱く思いは、それに対しても面倒さとか、嫌なところとか、そういうことばかりさ」

「そうね、確かにそうだわ。この雪は、明日になれば道をふさぐ邪魔なものとなる。車を動かすには、積もった雪をどけないといけない。今、面倒が降り積もっているのよ」

 でも、と私は続ける。

「それでも、私はこうやって雪が積もりゆく街を眺めているのが好きなの。いろんな形、いろんな色、たくさんのものであふれた町が、一様に雪の白色で染まり、そして隠されていく光景。見ていて素敵だと思わない?」

 植木鉢が、車が、建物が。雪の下に埋まっていく。この町のシンボルである大きなビルディングは影となって真夜中の闇の中にうすぼんやりと浮かんでいるが、いつもよりも心なしか、ビルの影は白っぽいように見える。

 人が、長い時間をかけて築き上げた街。それが、まるで無かったかのように白色で覆われ隠されていくのは、見ていてどこかすがすがしい。街の息苦しさ、にぎやかさ。みんなみんな、無かったことにされていくようで。

「ひどくひねくれて思えるよ、おれには君がね」

「そう? 私はとても純粋な思いだけど」

「お前とこのまま付き合っていたら、明日は風邪をひいてしまうよ。せっかく温かったのに、体が冷えてしまった。おれはそろそろ中に戻るよ」

「分かったわ、私はもう少し眺めて――」

 そう言った私。が少々眠くなってきて、あくびを一つ、漏らす。

「いいえ、私もそろそろ中に戻るわ」

「お、やっと戻る気になったかい」

「眠くなったことだし、体も冷えたわ。布団の中に入りたくなったのよ」

「このままお前は、朝までずっと外にいるかと思ったよ」

「それはしないわ」

 そんなに外にいたら、本当に凍えてしまう。

 それに、ずっと外で雪が積もりゆくのを眺め続けていたら、街が雪に埋まったという光景を見て楽しめなくなってしまう。

 親戚の子供の成長は、普段見ていないからこそ感じられるものだ。だから、その成長を嬉しく思うのもひとしおなのだ。

 ずっと見続けないことも、感動を感じるためにも大切なことだ。

「さ、中に入りましょう。温かいミルクでも飲んで眠りましょう」

「体が芯から冷えてしまったよ。温かいやつをお腹に流し入れたい」

「フフ、そうね」

 そうして、私は部屋へと入り、ドアを閉める。朝、もう一度ドアを開けるときまで、ドアが開くことはない。

 次ドアを開けたとき、外の世界はどうなっているだろう?

 冷えた体が部屋の暖かさで温められていく心地よさと、朝の街の姿への期待が、心の中でまじりあう。

 ドサリ。

 屋根に積もった雪が滑り落ちる音がした。

 今屋根は色を露にしているだろう。でも、朝にはきっとその色は、真っ白に漂白されているに違いない。


雪はすべてを、静かに隠す。

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